『明日の私』第5章「秘密クラブ」(2)

小説

 しかし、対岸の集団のなかから、手を差し伸べてくれる者があった。大谷保奈美おおたにほなみだ。
 私とは対照的に小柄な保奈美は、森の小動物のような身軽さで駆け寄ってくると私の手を引いた。抜け殻のように力のこもらない体に、不意に一方向からの力を受けた私は、よろめくように体を動かした。
「私も前にこんなことがあったの。動きがとろいから。のろまって言われて。気にしないで。みんなすぐに打ち解けてくれると思うから」
 自分なら独りでも強くいられるという考えは、単なる自惚れに過ぎなかったのだと思い知らされた。皆に突き放されてはたと気がついた。皆に突き放されたのではなく、皆を歯牙にかけないと一方的に決めつけていた自分自身の傲慢こそ、いつの間にか相手に伝わっていたのだ。早いうちに、今すぐにでも変わらなければならない。集団に媚びるのではなく、相手の存在を認めて他者との関係を築いていくこと。それは一人でいることができないという弱さの発露ではない。力まずに、まずは始めてみようと思った。

 ゴールデンウィーク。
 憲法記念日、国民の休日、子どもの日に限らず、土日を授業の予習と復習に充てた。真新しい教科書はそれまで私が使っていたものよりも少しずつレベルが上のもので、その時点で身につけている知識だけでは太刀打ちできなかったからだ。特に英語と数学については、自分の実力がいかに低いものであるかを思い知らされた。英語なら単語、数学なら基本的な考え方が全く身についていなかったのだ。連休にもかかわらず、美智子はびっしりとパートの仕事を入れている。二人でどこかに骨休めに出掛けることもできない。いわゆるゴールデンウィークを『スタディーウィーク』とでも呼びうるような日々に置き換えて、私はひたすら机に向かった。
 六月。
 下旬に第一回目の定期試験があった。結果は惨敗。クラスのなかで最下位は免れたものの、限りなくそれに近い成績が美夏の手元に残された。一年次に所属していた総合コースと現在籍を置いている進学コースとの間に、これほどの差があるとは思ってもみなかった。
 一年次には人並み以上に勉強し、それなりの成績を修めていた私だ。にもかかわらずその時点での実力では進学コースの学習内容のレベルに到底及ばなかった。部活を引退して以降、学習に力を注ぐことを決意した私にとって、これはかなり痛い認識だった。これからはよほど強い意志をもって励まなければ、さらにもう一つの挫折を味わうことになりかねない。私は唇をかみしめた。
 保奈美とはよく話をするようになった。彼女の存在には、様々な面で救われていた。ともすれば急いで先に進み行こうと力んでしまう私の足に、浜辺の砂のように絡む保奈美のスローなペースが、立ち止まって自分の足元を見据える余裕を与えてくれたように思う。そしてあの体育の授業以来、クラスメイトと私との間をとりもつ接着剤として、器用に振る舞う保奈美の存在が、ただただありがたかった。

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