「ねえ、保奈美はどうする?」
私のすぐ前の席の律子が、左隣に座る保奈美のそばに身を寄せて話かける小さな声が聞こえた。
「何が? 先生が言ってた『秘密クラブ』のこと?」
「うん、そう」
「実はね、今、おっ、て思ってたの。これって私のための企画なんじゃないかって。家で一人で勉強しようとしても、ぜんぜんはかどんないんだもん。律子はどうなの?」
「私はパス。夏休みにまでわざわざ学校に来たくないよ」
律子はまさかというように、顔をしかめた。
「美夏はどうする? よかったら一緒にやってみない?」
くるりと斜め後ろの私に向き合い、誘うような華やかな笑みを作る保奈美は、同性の私から見ても可愛らしかった。
「えっ、何?」
二人の会話に聞き耳を立てていたことが、トロいはずの保奈美にも気づかれていたのだろう。それでも私は聞いていなかったふりをした。
「『秘密クラブ』。最初だけでも一緒に行ってよ。あんまり良さそうじゃなければやめてもいいんだし。ね」
「うーん。でも、家のこともやんなくちゃいけないからなぁ」
「夏休みにあんまりべったり家にいてもやることないんじゃない? 家事だけだったら午前か午後のどっちかで済むんでしょ?」
律子も後ろを向いて口をはさんだ。
「とりあえず明後日学校に来ようよ。『秘密クラブ』に。明日は夏休み初日だから、一日ゆっくりしてさ」
緩い話し方なのに、どこか強引さを秘めた保奈美の言葉に、私はただうなずいた。要するにこの子は自分の都合が最優先なのだな、と私は思う。しかしその小さな強引さが、今はありがたい。
部活を辞めてしまった今、仕事で苦労している美智子を尻目に自分だけ好きなことをやっているという後ろめたさからは解放された。そして家事を引き受けることで、自分なりの役割をきちんと果たしているという以上に、彼女に対する何らかの優位すら感じられるようになっていた。精神的に楽になったということなのだろう。
しかし、それと引き換えに何かを失ったようにも思う。もちろん好きだったバスケに関しては言うに及ばないが、それとは別に、何かとても大きな空虚を抱え込んでしまったように思う。その正体が分からない。どこか地に足が着いていないような、ふわふわと浮足立つような、得体の知れない空白がぱっくりと黒い口を開けてんでいるように思えてならなかった。
「じゃあ、最初だけね」
ちょっともったいつけすぎてしまっただろうか。満足そうにうなずいて、保奈美が前に向き直った。その横顔に、美夏は自分を少しだけ恥じた。