『明日の私』第6章「馬鹿」(4)

小説

「先生は汗っかきなんですか?」
 保奈美が突然口を開いた。話の流れをいきなり変えてしまう保奈美らしい一言に、皆で笑った。
「どっちかって言うとそうかもしれないな。今日もしっかり汗をかいたんで、さっきそこの流し台で髪を洗ったんだ。おかげですっきりしたけど、乾くまでには時間がかかりそうだな。俺はこのあと二時半から『特進』の夏期講習が入ってるから、それまでにある程度乾いてくれるといいんだけど。お前たちは俺がいなくても、自分たちのペースで勉強しておけよ」
 柏木が体を小さく丸めて流し台に頭を突っこみ、髪を洗っている様子を想像した。それだけで、私はなぜか吹き出しそうになった。
「部活の指導が終わってから授業ですか? 大変ですね。授業は何コマ入ってるんですか?」
 今度は誠が続けた。
「七十分を二コマ。平常授業よりも夏休みや冬休みの方が忙しいのは毎年のことだ」
「講習って、七十分もあるんですか?」
 哲也の問いかけに、柏木は「ふん」と鼻を鳴らしてから「そうなんだよ」と答えた。
「しかしよく来たな。四人も。昨日誰も来なかったから、『秘密クラブ』そのものが結成できないか、もっと先送りになるかと思ってたよ」
 柏木はいかにも機嫌が良さそうだった。
「さあ、せっかく集まったんだから、ある程度の目標をもって勉強しろよ」
 そして、ただ単に夏休みの宿題をやるだけでもかまわないが、せっかくだからもっと先を見越した、来年の大学受験までを視野に入れた時間の使い方をしてくれとつけ加えた。
 例えば本気で国公立大学に合格しようとすれば、どんなに遅くとも二年生の夏休みころからそれ相応の勉強に取りかからなくてはならない。しかもそれは、事前に基礎的な知識をしっかりと身につけていればの話だ。この基礎学力がなければ、受験に間に合わない。進路に関する説明会などで、何度かそんな話を耳にしたことがある。柏木が担任を務め、私が所属するクラスは進学コースだから、センター試験を受ける実力を現役時代から蓄えるのは、正直なところかなり難しい。学校としてはこのスタイルで受験に対応しているのが特別進学コースだということになる。これはカリキュラム上の問題でもある。だから現段階では、センター試験に対応することができるようなレベルの学習を続けながら、推薦やAO入試で国公立大学に入れるような準備をするのが望ましい。柏木は学習の意味合いを普段からそのように説明していた。

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