その日、帰路を自転車で走る道すがら、私の胸は激しく波打った。
何も知らなかった自分に気づかされた。
自分が情けなかった。
私の年代は中学の三年間をゆとり教育の名のもとに過ごしてきた。そこには毎週土曜日が休みになり、教科書の内容が薄くなっているという程度の理解しかなかった。その単純な理解によって、世の中が自分たちに合わせてゆっくりと動いてくれるようになるのだという、漠然とした甘えを抱いていたように思う。確かに、高校入試まではそれで通用したのだろう。しかし、全国から少しでも有能な学生を集めようとする大学受験レベルになれば話は別だ。時代がどうあれ、学力を蓄えることは他の受験生との競争を勝ち抜くために相変わらず必要不可欠だ。
柏木の言う通りだと、改めて思い知らされた。
柏木の語気の強さに圧倒されている場合ではない。努力しなければ自分でなりたいものにもなれず、やりたいこともやれない世の中だということに変わりはない。それならば努力を惜しまず、最大限の成長を積み重ねてやればいい。
「よし」と、私は心のなかで小さな握り拳を作った。
自分でも不思議に思うほど体が熱くなり、気持ちが昂った。
自転車で切り裂いた空気の流れが、火照った頬に心地よく吹きつけた。その冷却機能によって、熱で体が溶けてしまいそうになるのを何とか防ぐことができた。
勉強したい。少しでも多くの知識を得て、自分を膨らませたい。
私は意を決し、帰りがけに書店に駆け込んだ。毎年いくつかの大手出版社から出される、様々な分野の言葉を開設した分厚い用語集を購入するためだ。できる限り家計を圧迫しない、無駄な出費を抑える日常を心掛けていたが、自分の名誉挽回のためにどうしてもその日のうちに手に入れておきたかった。時代が時代だけに、インターネットを利用することを先に思いついてもよさそうなものだったが、私は自由に使うことができるパソコンをもっていなかった。
事後承諾になるが、美智子にはきちんと説明して本の購入を許してもらおう。これから先学習に力を入れていこうと決意した私が、その目的のために購入するのだ。美智子が否定するわけもないことは明らかだった。しかし、きちんと理由を説明して承諾を得るという道筋を通しておきたかった。
目的の書籍は例年通り数種類刊行されていたが、その中で付録が最も気に入ったものを選んだ。『世界紛争地図』。物騒な名前だが、知っておく必要があると思った。
私の両手にずしりとのしかかるその重さに見合った料金を払い、店の外に出た。自転車のかごに入れていた鞄をぎゅっと押しつぶし、無理やり作ったスペースに買ったばかりの本を入れた。