『明日の私』第7章「母」(4)

小説

 台所では美智子が冷蔵庫を開け、食材を確認していた。
「ねえ、美夏は何食べたい?」
「お母さん、本当に私がやるからいいよ。休んでて」
「たまにはいいじゃない。いつも美夏が作ってくれて、助けてもらってるんだから。美夏が勉強に夢中になってるときぐらい、お母さんがやるわよ」
 明るい声で美智子が言った。
「お母さん、それなら一緒に作らない? 二人で台所に立つのも久しぶりだし」
 私の提案に美智子は微笑んだ。
 二人でキッチンに立ち、夕食の支度にとりかかった。手元の作業に意識を集中させながらも、他愛のない話をした。
「さっきのは学校の勉強?」
「うん、ちょっと調べもの。世の中には知っているようで知らないことっていっぱいあるのよね」
 私は小松菜を水で洗いながら答えた。そして続けた。
「今日、ちょっと担任にやっつけられてへこんでたの。それで、負けてられないから、やれるときに勉強しておこうと思って。そしたら時間も忘れて夢中になっちゃったの。ごめんね」
 私は本を購入したことについて、美智子に説明した。彼女は軽く微笑んで、そういうことにはどんどんお金を使いなさいと諭してくれた。
「そんなことより、こうやって美夏と一緒に過ごす時間がもてて良かった」
 滅多に感情を表に出さない美智子の表情が明るい。その姿には嘘がないように見えた。
「そうだね。一緒にご飯作るのなんて、本当に久しぶりだよね。確か私がまだ部活をやってたころに、何かのタイミングでこんなことがあったような気がする」
 いつもより時間が遅くなっていた。夕食をこれ以上遅らせないために手っ取り早く準備できるものをと冷凍庫を漁っていると、冷凍餃子を見つけた。美智子と話してこれを主食にと決めた。
「担任って、柏木先生? あの人そんなに厳しそうには見えないけど、何か言われたの?」
「別にそういうわけじゃないんだけど、先生と話してたら知りたいと思うことができて、居ても立ってもいられなくなったの」
 どこから湧き出してくるのか、得体の知れない自信に裏打ちされたかのような柏木の顔が、私の脳裏をちらりとよぎった。その一方で、やり込められて自尊心を傷つけられたという悔しさが、いつの間にか薄らいでいるのが不思議だった。
 美智子の料理の手早さに負けじと、私は味噌汁を作った。具になめこを使い、ねぎを浮かべた。焼き餃子と小松菜のおひたしとみそ汁にご飯。「一汁二菜」。テーブルに並べられた料理を眺め、私はほっとした。

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