『明日の私』第8章「写真」(3)

小説

 『秘密クラブ』のメンバーは、夏休みの二日目に集まった四人を含む総勢五人に固定されつつあった。
 四人が夏休みの初日に集まったことを聞きつけ、他のクラスメイトが入れ替わり立ち替わり職員室に顔を出した。しかし部活との兼ね合いで十分な時間が取れなかったり、自宅や公の図書館の方が学習に身が入るといった理由から、一人を除いて『秘密クラブ』に定着せずに去っていった。唯一残ったその一人とは、教室を明るくしてくれる人物としてよく名前が挙がる、悪く言えばお調子者の安田勇児やすだゆうじだった。勇児は夏休み突入後、数日目から参加した。
 私にとって勇児は、それほど印象に残らない存在だった。それまで接点がなかったのだから当然かもしれないが、よく話すというイメージだけはあった。教室で授業を受けているときには、教師のちょっとした間違いや友人の失敗を茶化し、教室を毒気のない笑いで満たすこともしばしばだった。授業を丸々一時間潰そうだとか、いじめを誘発するようなきわどい発言をするというような意図が見えないため、教師たちからも好意的に受け入れられていた。皆をさらりと笑わせ、場を明るい雰囲気にする、スマートなセンスの持ち主だった。
 保奈美と哲也と誠と勇児、そして私。いつの間にかこの五人が、『秘密クラブ』のメンバーとして固定された。
 またうまい具合に共通点があるメンバーがそろったものだ。まずは部活動に所属していないこと。次に一人でいるとついぼんやりとした時間を過ごしてしまう性分であること。そしてなんといっても、自宅にエアコンがないこと。この意味においては柏木の目論見がそのまま当てはまったことになる。よっぽど暇なのか、五人は毎日のように集まった。
 『秘密クラブ』が開かれるということは、夏休みにもかかわらず管理者である柏木も学校に来なければならないということになる。そのことについて、部活動の合間にちょっとだけ職員室に戻ってきた柏木に保奈美がたずねると、「部活は毎週木曜日が休みだけど、木曜日には特別進学コースの講習がある。特進の休みは隔週の土曜日と毎週日曜日だけど、その曜日には部活がある。だから盆と正月の数日間しか休みがない。どうせほとんど毎日学校に来てるんだから、お前たちは気にするな」という答えが返ってきた。
 用事を済ませて足早に体育館に戻る柏木の背中を見送りながら、哲也が言った。
「俺も中学校か高校の社会の先生になりたいって思ってたんだけど、あんなに忙しそうな姿を見せられると、俺じゃやっていけないなって思っちゃうよ」
 私は哲也の横顔を見ながら、その科白にすっと水が引くような寂しさを覚えた。
 『秘密クラブ』は柏木が監督者として学校にいるからこそ開かれている。たとえ学校にいる理由が部活動の指導と特進の授業のためだとはいっても、彼がいないことには職員室の空間は使えず、『秘密クラブ』は開くことができない。また、身体さえ空いていれば、柏木は五人の高校生の質問にいつでも快く答えてくれていた。主に政治経済に関するものではありながら、突然投げかけられる何の脈絡もない質問に、柏木が答えてくれるレベルの回答を瞬時に準備しろと言われても誰にもできるわけではない。それほどの教師が労力を惜しむことなく接してくれているのだから、もっと肯定的に彼の仕事をとらえることはできないものだろうかと思うのだ。

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