『秘密クラブ』が動き出してから二週間も経つと、五人はすっかり互いの存在に慣れた。夏休み中のことだから、新学期が始まって教室で大勢のクラスメイトと一堂に会せば、また違う人間関係のなかで離れてしまうことだろうう。しかしこの場に居合わせる限りにおいては、五人はチームメイトとして互いに協力し合い、学習に適した雰囲気づくりに努めていた。いつの間にか「君」や「さん」をつけないで呼び合うようになったのも、自然な成り行きだったのかもしれない。
「なあ、この夏休み中に合宿やらないか?」
柏木がいない職員室の一画で、そう言い出したのは勇児だった。
「おっ、いいね、俺もやりたい」身を乗り出して哲也が賛成票を投じた。「高校生になってもサッカーを続けたいって思ってたんだけど、こっちに通うようになったら全然電車の時間が合わなくて諦めたんだ。だから俺は合宿とか遠征みたいな響きに憧れる」
哲也は県境をまたいで、電車で片道一時間を超える道のりを通っている。通学するだけなら十分可能な圏内だろうが、運動部に所属して遅くまで練習に励むとなると話は変わってくるのだろう。
私は男子だけでどうぞという展開を期待していた。私を合宿への参加から遠ざけた最大の理由は、自分で決めたことをしっかりと貫きたいとの思いがあったからだ。
可能な限り多くの時間を美智子とともに過ごす。そして、夕食の準備をはじめとした家事全般を担当する。それが私が自分自身に課した責務だった。自分の身勝手な判断でこのルールを崩したくはなかった。
しかし、常識的な判断力を維持しようと仁王立ちになる自分の対岸で、そわそわと落ち着かないもう一人の自分がいた。参加したいと思わせる要素があったとすれば、私にとってこの五人が作り出す雰囲気が、学習の手をはかどらせることにあったように思う。
一緒にいて心地がいいのだ。
年若い者たちが集えば、えてして楽な道に走ってしまうものだ。集団で勉強に励む場を作ったといっても、現実的には雑談が時間の大半を占めてしまうような状況に陥るのが関の山だ。しかしこの五人の場合は、学習に励むという前提を基本的には守り続けることができていた。疲れた頭を休ませるために雑談をしたいときには、暗黙のうちに了解しあったような絶妙な長さの会話を楽しむことができた。
指先で鉛筆をもてあそびながら周囲の会話にぼんやりと耳を傾けていると、私の隣にいた保奈美が口を開いた。
「私も合宿やってみたい」
私は思わず保奈美の顔を凝視した。彼女の一言が意外だった。おっとりとした彼女が男子生徒と一緒に寝泊まりする環境下に身を置くことを自ら希望するとは思えなかった。視線に気がついたのか、保奈美が私の方に顔を向けた。
「だって面白そうじゃない? 美夏も一緒に参加しようよ」
返事をしかねていると、勇児が「よし、じゃあ決まりな。先生が戻ってきたら掛け合ってみよう」と、勝手に事を運んでしまった。しかしどういう訳か、決して悪い気はしなかった。毎日自分で決断することが多くあり過ぎたせいかもしれない。自分の行動を他人に決めてもらうことの戸惑いと心地よさとに、ただ流されてみたかったのだと思う。また、こんな場当たり的な計画をそうやすやすと柏木が認めるはずもないことを、心のどこかで期待してもいた。柏木が駄目だというのだから仕方がないと、残念がって見せる自分の姿をたやすく想像することができた。