『明日の私』第8章「写真」(6)

小説

 私が食卓の端に置かれた新聞に手をのばすと、その下から一ページにL判の写真が二枚並ぶアルバムが姿を現した。私にとって見慣れたものだ。写真が趣味の一つだった父親にとって、美智子と私は格好の被写体だった。それぞれの誕生日やクリスマスといった家族のイベントではポートレートが、日常生活のなかでは何気ないスナップショットが撮影された。その結果、写真は膨大な数にのぼった。プリントしたものを父親が美智子に見せると、美智子はその中から気に入ったものを選び、家族がいつでも見られるようにとこのアルバムに貼りつけてリビングの棚の上に置いていたものだ。このアルバムに新しい写真が貼られるたびに古いものが取り去られ、保管用の箱に仕舞われた。父親が家を出てからは新たな写真が追加されるわけもなく、このアルバムそのものの姿もついぞ見かけることがなくなった。いつも置かれていたはずの棚の上で、埃をかぶっているはずだった。それが食卓の上にあるということは美智子が眺めたのだろう。私は懐かしさにそれを手に取り、ページを繰った。
 小学校の入学式。校門の柱に立てかけられた看板を前に、私と美智子が手をつないで立っている。そこに春先特有の強い風が吹いた。突風にあおられた美智子は、私と結んでいた右手も自由になっていた左手も使って、スカートの裾をおさえていた。整えていたはずの髪も風にかき乱され、身体全体を「く」の字に曲げて風に耐えている。結んでいた左手を強く引かれた幼い私は、前のめりに美智子の体に引き寄せられている。驚きに目を見張っているのが分かる。懐かしい写真を目にして、思わず笑みがもれる。しかし次の瞬間、この写真を手に「結構リアルだろ?」と言って笑った父親の顔まで思い出されて、過去の映像を打ち消すように次のページをめくった。
 五歳の誕生日、初めての海、シャボン玉遊び、美智子の浴衣姿。あのころは家族の間にいつも笑顔があった。私は鼻の奥がツンと痛むのを感じて、ページを閉じようとした。
 しかし次の瞬間、閉じようとしたアルバムの間から私の足元に滑り落ちたものに気がついた。拾い上げると、それは私が三歳の、七五三の写真だった。
「あれ?」
 小さく声がもれた。写真の不自然さを自分で確認するような声になった。
 私は目を疑った。それは美智子の胸に抱かれた小さな私を真ん中に、親子三人で写っているはずの写真だった。その右側の三分の一、父親が立っていたはずの部分が、無造作に破り取られていた。綺麗な着物を着せられてはいるが、泣き顔の私がいる。その小さな右手を取って私の横に立っているのは、満面に笑みの花を咲かせた十四年前の美智子だ。
 私はもう一度アルバムを開いた。今度は切り離された紙片の方を探した。そして最後のページ。裏表紙との間にそれはあった。
 長細く切り離された紙片のなかに、真っ直ぐに立つ父親の姿があった。首から上、顔の位置にいくつもの切れ目が入っている。セロハンテープでつなぎ止められてはいるが、何度も何度も切り刻まれた無残なあとが残っていた。それを何とか復元しようと試みたことは明らかだった。
 私の脳裏に美智子の顔が浮かんだ。そこには表情がなかった。私の背筋に、悪寒が走った。

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