盆明け、八月十九日の夕方から二十日の午後にかけて、合宿所で番外編『秘密クラブ』が開かれた。実家で盆を過ごすために帰省していた柏木が戻るのを待ってのことだった。職員室とは違って、合宿所にはエアコンがない。夕方から始めるのは、昼間の暑さを避けてのことだ。
当初、面倒臭いと言って合宿を張るのを嫌がった柏木を一泊だけだからと皆で口説き落とし、何とが実現にこぎつけた。
合宿所のある生徒会館は東西に長い。東側に入り口があり、ギイギイと音を立てる、建てつけの悪いドアが『秘密クラブ』のメンバーを迎え入れた。南に面した側には八つの小部屋が配置されている。すべての小部屋には二段ベッドが四組ずつ据えられ、一部屋に合計八人分の寝床が確保できるようになっている。小部屋の並びの最も入り口に近い位置に職員用の部屋が二つある。そのうち二号室にテレビと冷蔵庫があるので、柏木はその部屋に陣取った。北に面した側には、入り口から順番にトイレ、風呂、洗面所、調理室、布団部屋、畳敷きの大広間が配されている。西の端には物干し台に出るためのドアがある。
『秘密クラブ』の面々は、それぞれ男子と女子に分かれて寝るための小部屋を一つずつ確保し、学習するときには皆で大広間に集まることにした。そこには扇風機が三台置かれていた。
大広間は三十畳ほどの広さがある。畳は総じて古く、表面は細かくささくれ立っていた。畳の上で姿勢を変えるたびに、靴下や膝にイグサの屑がついた。窓枠にはめこまれた網戸は新しいものと古いものとが混在し、古いものはひし形に歪んでいた。
柏木が事前に買っておいてくれた蚊取り線香に火をつけ、眠るときのために男子部屋、女子部屋のそれぞれに一つずつ置いた。大広間には三つの蚊取り線香をセットした。部屋の隅から折り畳み式の背の低い四角いテーブルを三脚引っ張り出し、ガチャリガチャリと脚を起こして「コ」の字型になるように配置した。
「こういうのを『ちゃぶ台』っていうんでしょ?」
保奈美がお得意ののんびりとした口調でそう切り出した。
「そうなのかな。『ちゃぶ台』っていうと、丸い天板のやつを想像するんだけど、あれに限った言い方なんじゃないかな?」
誠が珍しく雑談に応じた。
「『寅さん』なんかに出てくるあれだろ? 『ちゃぶ台』って、俺もあの丸いのを思い浮かべるなぁ」
哲也が鞄から英語の問題集を引っ張り出しながら会話に加わった。
あれこれと話していると、教員室に荷物を置き終えた柏木がやってきた。
「どうだ? 勉強できそうか?」
いつも通り、柏木はどこか不敵な笑みをたたえているように見える。
「虫の音を聞きながら勉強するのもいいもんですね。畳に胡坐をかいて、扇風機の風に吹かれて、蚊取り線香の匂いに包まれて。古き良き昭和って感じがします」
勇児が浮かれたようにそう言った。
「ははは、何言ってんだ勇児。お前らみんな揃いも揃って早生まれだろ?この学年の早生まれから平成生まれだ。昭和のことを知りもしないでそんなこと言うなんて、それこそ十年早いわい」
柏木らしい言葉に、私はなぜかほっとさせられる。皆の間にどことなく安心したような空気が流れた。