いや、違うな。もう一つの想像が、柏木の姿に覆いかぶさった。
もしも柏木が私と同じ立場に置かれたら、もっと野蛮に、何のためらいもなく、美智子をなじり、父親に嚙みついたかもしれない。そんな自分の姿を恥ずかしいなどとは思わず、めちゃくちゃに暴れまわる柏木の姿もまた目に浮かぶ。そんなもっともらしい光景を想像し、私は思わず相好を崩した。
自分など、到底目指すような強さを身につけることができるような人間ではないのだと、諦めかけていた。しかし、もう一度やり直せるのではないか。
自分にこびりついた灰を削ぎ落す指をもちさえすれば。常に高みを目指そうとする心があれば。
私は川原の土手の白い道に立ち、日の光に包まれた。右手になお一層強く、小鉢を握りしめながら。
一度は涸れたはずの涙が、再び頬を伝う感覚が走った。
今は拭わない。
だって、これは自分を呪う涙ではない。古い自分を洗い流そうとする涙なのだから。
確か、こんな涙を以前にも流したような気がする。バスケ部を正式に辞めた、あの日の光景が目に浮かぶ。でも、いいじゃないか。そう思い直してみる。
何度でも失敗して、何度でも泣いて、何度でも立ち直っていこう。そして、強くなろう。私にはそうすることしかできないのだから。
私はくるりと体の向きを変えた。そして、もと来た道をたどりはじめた。もう一度橋まで出て、そこから学校に向かおう。今は柏木が、部活を終えて二年生の補習授業に入っているはずの時間だ。今から行けば、補習を終えた柏木に会える。きっと面接はどうだったのかと問われ、答えようとする私の声を、優しく聞いてくれるはずだ。柏木の言葉には時折毒が含まれることもあるが、それ以上に大きな、疑いようのない優しさがこめられている。
いつだろう。いつになったら私もそんな優しさを手に入れることができるようになるのだろう。
私は顔を上げた。
彼方に岩木山がどかりと座っていた。
なんて姿の美しい山なのだろう。改めてそう思わされる。
広く、揺るぎない裾野。
その姿に、私は、明日の自分を想った。
『明日の私』最終章「明日の私」(最終回)
