『明日の私』最終章「明日の私」(4)

小説

 推薦入試に関するすべての行程を終え、私がコンクリートの牢獄から解放されたのは、昼を少し回ったころだった。
 晩秋の空はどこまでも高く、そして澄んでいた。
 朝よりも一段と輝きを増した陽の光があふれる中を、私は学舎の出口から正門に向かって駆け出した。正門を出てからはゆっくりと歩いた。吐く息が白かった。
 冬の匂いがした。
 空気の中にどこかしら季節の匂いを感じ取るのは、決して悪い癖ではない。私はどこか懐かしい冬の匂いが漂う中を、一歩一歩踏みしめるようにして歩いた。
 終わった、と、思った。
 この二年間、孤独に、静かに続けてきた戦いが、たった今幕を下ろした。自分でいくつものルールを作り、今日まで守り抜いてきた。その結果、こんなにもさっぱりとした充実感を味わうことができている。
 私は、声を上げて笑い出したくなった。
 すとんと突き抜けるように開いた空の穴に向けて顔を上げ、思いっきり声を上げたかった。声は一直線に空を駆け上がり、気圏を突き抜け、銀河に達し、なおも遠くを目指して走り続けるだろう。そんな空想が許されるほど、自分を解き放つエネルギーは強大だった。
 結果はまだ分からない。しかし、やるべきことはすべてやり終えた。後は待つことしかできない。今はただ、この歩みが必ず自分を希望の未来に運び行くことを信じようと思った。
 私は駆け出したくなる気持ちを抑え、ゆっくりと家路をたどった。

 土曜日だ。
 家では美智子が私の帰りを待ってくれているはずだった。面接試験の手応えを訊ねられるだろう。そのときは、楽観的な予想を口にしないようにしなければならない。勝負は水物。結果が駄目だった時の言い訳が許される程度の余地を残しておきたかった。
 コンクリートブロックを低く積み上げた、ごく簡素な塀をめぐらせた我が家が見えてきた。家のドアから真っ直ぐに敷石がのび、塀とぶつかる地点に黒いペンキを塗った鉄製の門扉がある。引けばキイっと音を立てて軋み、私をいつもちょっとだけ不快にさせる。
 敷石を踏んで玄関にたどり着いた。何の臆面もなく制服のポケットに手を入れ、家の鍵を取り出した。母娘おやこ二人暮らしの防衛策として、どちらかが家にいたとしても常に施錠を怠らないことにしていた。一年前の誕生日に美智子から贈られたブランド物のキーホルダーを手の平に収め、鍵を鍵穴に差しこんだ。回そうとすると、手応えがなかった。施錠されていないことを怪訝に思いながらも、美智子が間違いなく家にいる証拠だという程度にしか、この小さな非日常をとらえてはいなかった。
「ただいま」
 わざと抑揚を殺した、平静を装った声でそう言ったつもりだった。

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