私の視線に射すくめられた、美智子の目が物語っていた。仕方がなかった、と。
私は、胸の中を黒く塗りつぶす疑念が少しでも晴れるように、美智子にいくつもの問いをぶつけてやりたかった。どうして性懲りもなくまたこの男を受け入れようとしているのか、納得できるように説明させたかった。そんなことが美智子にできるわけがないことを知りながらも、私は苛立ちに満ちた感情の塊を彼女にぶつけてやりたかった。
「受験、疲れたでしょ。 座ってお茶でも飲まない?」
伺うような、探るような視線でおずおずと言い出した美智子に、私の中に加虐の欲求が噴き出した。
この人をどう責めようか、どう詰ろうか、どう壊そうか。今まで守ろうとしてきた相手に裏切られたことで、逆に倍の力で徹底的に苦しめてやりたいという欲求に駆られた。そのとき私は、自分が獲物を目の前にした狼の目をしているに違いないと思った。
「座らないか?」
今度はあの男が言った。
私はあの男が家を捨てたとき、テーブルにつくための椅子を一つ撤去していた。あの男が座っていた椅子だ。その椅子を半分納戸のような役割を果たしている自分の部屋の片隅に追いやっていた。今このとき、三人目の私がテーブルにつくためには、再びそれをもってこなければならない。
「座る場所なんて、無いじゃない」
そう言いながらふと視線を落とすと、テーブルの上に信じられないものが見えた。
私の、あの小鉢だ。
その瑠璃色の底に煙草の灰が積もり、吸い殻ですっかり光が失われている。
それを目の当たりにした瞬間、頭に血が逆流し、真っ直ぐに立っていられなくなっていた。これまで経験したことがないような、猛烈な憤怒が瞬時に爆発した。異変をきたした体を怒れる魂が追い抜いたとき、私は自分でも信じられないような勢いで身を乗り出すと、ひと息に小鉢を掴み上げていた。中に積もった白い灰が飛び散り、部屋の空気を曇らせた。吸い殻が次々と床に落ち、ぽとりぽとりと小さな音を立てた。
私は右手に小鉢を握りしめたまま、踵をつぶしたスニーカーを履いて風のような速さで玄関を走り抜けた。美智子が私の名前を呼んだのを、背中で聞いた。アパート前の駐車場を抜けて公道に出た。右も左も考えずに走り続けながらも、無意識のうちに毎日学校に通う道をたどっていた。私は見慣れたはずの光景を瞳にためた涙で潤ませながら、なおも走り続けた。
『明日の私』最終章「明日の私」(7)
