小説 月見草3 打ち上げには、学年のスタッフ全員が参加した。 会が始まる十分ほど前に会場に着くと、望月をはじめとした数人がすでに着席していた。会はまだ始まっていない。個々に談笑している。「失礼します」 望月に声をかけた。柏木は下座にいた望月の横に腰を落ち着... 2024.09.13 小説
小説 月見草2 柏木が勤める高校は私立だ。私立だからといって当然ということではないのだろうが、教師の半分以上を卒業生が占める。年嵩の教師は若い教師にとって恩師である場合が多い。そのため若い教師は、職場であるにもかかわらず呼び捨てにされることもある。同年輩の... 2024.09.12 小説
小説 月見草1 神無月だというのに、この島には光の神がいる。 日差しも風も静かに歌っている。さらさらと打ち寄せる波は、その下に白い波を絶え間なく遊ばせている。砂の粒子に反射し、光が躍っている。沖に向かうにしたがって濃さを増す青は、彼方で海と空との境界を忘れ... 2024.09.11 小説
小説 百日紅22(最終回) あの夜。優斗にとって本当の意味での大切な儀式は、生きていた父との間でもうすでに終えられている。悪天候のなか、車を走らせて病院に駆けつけた。それは父を見舞うためだったが、救われたのはむしろ優斗だった。 あの、たった一言で。 その心境に至るまで... 2024.09.10 小説
小説 百日紅21 「どこに行くの?」 走り回ったことで乱れた息を整えながら朱里は話した。顔には期待がうずいている。「すぐそこ。入り口に大きな木があったでしょ? パパさっきね、そこでリスさんを見たんだよ」「えっ、朱里も見たい」「シンもっ」 朱里は優斗と手をつな... 2024.09.08 小説
小説 百日紅20 大人になってまで、父に愛されていなかったんじゃないかと思い続けてきた。しかしそれは、自分の弱さを親のせいにしていたに過ぎない。親だって迷ったり反省したりしながら、必死で子どもを育てている。あの日父と一緒に食べた、ぴかぴかに光った親子丼が目に... 2024.09.07 小説
小説 百日紅19 そのとき以来、父との距離を取り戻すことなく月日が積み重ねられてしまった。失われた父との時間は、自分からもっと努力すればすぐにでも取り戻すことができたはずなのではないかとも思える。父も同じだったのではないだろうか。 父との親子丼の思い出が、そ... 2024.09.06 小説
小説 百日紅18 その怖さを、父にも分かってもらいたかった。 しかし、父の前に端座したこのとき、優斗は一連の出来事に対して抱いた恐怖とはまったく別の感情に行き当たった。優斗が最も恐れていたことが起きようとしていた。 父という、慣れ親しんだ大切な人が離れて行っ... 2024.09.05 小説
小説 百日紅17 「そうか、あのときか」「それ、覚えてる」 兄と姉が口々に記憶のなかの光景について話し始めた。 夕日のなかに舞う雪。優斗の記憶があの場面に繋がっていく。 風呂から上がり、綺麗になった体に温かな血が通っているはずなのに、震えが止まらなかった。そ... 2024.09.04 小説
小説 百日紅16 私はふと、二人並んで歩き去る小さな背中を思い出した。そして優斗に、雅臣君は一緒ではなかったのかと尋ねた。一緒だったと答える優斗に、今度はお父さんが雅臣君は今どうしているのかと、問いを重ねた。「まだプールの中」 優斗の震える唇からその答えが返... 2024.09.03 小説