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『明日の私』第2章「赤い川」(2)

高校生の本分が学業だと言われれば、うなずくしかない。部活を辞めたとしても学業に集中すればいいと他人ひとは言うかもしれない。そんなふうに気持ちを切り替えることができればどんなに楽だろう。 しかし、部活が駄目なら学業にと、安易に切り替えられるよ...
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『明日の私』第2章「赤い川」(1)

私は毎日空を見上げていた。 右の手足が硬いギブスにおおわれた状態で、ベッドに横たわったままできることといったら、アルミサッシに四角く区切られた空をぼんやりと見上げるくらいのものだった。左手で頭上にかざせば本を読むこともできたが、長時間同じ姿...
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『明日の私』第1章「夏の失敗」(5)

病室のドアをノックする音がした。私の返事を待たずにドアが開かれた。そこには白衣の看護師と、美智子がいた。「あら、起きてたのね。一昨日おとといはたいへんだったのよ。覚えてるかしら」 看護師が私の顔を覗きこんだ。二日前から私のことを知っている彼...
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『明日の私』第1章「夏の失敗」(4)

しかし、利き腕の右はそうはいかなかった。左腕を先に確認したのは、右腕の怪我の方が重いと知っていたからだ。 肩から指先にいたるまでがっちりとギブスでおおわれていることは知っている。だからと言ってギブスに隠された部分が動かない理由にはならない。...
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『明日の私』第1章「夏の失敗」(3)

普段の目覚めと何も変わらない、ありふれた覚醒だった。 時間の感覚がなかった。部屋の明るさから夜ではないことは確かだが、朝なのか夕方なのか、判断がつかなかった。 すべてが白かった。壁も天井も。 頭のなかが不思議とすっきりしていて軽い。事故にあ...
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『明日の私』第1章「夏の失敗」(2)

人工の山だが、いつも何とはなしに目をとめていた。その日も自転車に乗りながら、何気ない視線を砂利の山に走らせた。すると、視界のすみに何か長細いものが映った。初めはただの紐だと思ったが、それが動いていた。初めて見るような、立派な青大将だった。 ...
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『明日の私』第1章「夏の失敗」(1)

いつも山があった。 晴れていればその姿が一日に何度も視界に飛びこんでくる。激しい雨に空が煙っていても、その形をあるべきはずの場所にいつでも思い描くことができる。見えていてもいなくても、山はいつでもそこにあった。 頂から深く切れこんだいくつも...
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蓮花24(最終回)

恵三はごつごつと太い指にぐい呑をのせ、ゆっくりと回している。なかの液体がとろとろとたゆたう。その透明な静謐を二人で見つめた。佳佑は恵三の言葉を待った。「君がここに清美を訪ねて来るときのことを二人で何度も考えてきたし、話し合ってもきた。苦しみ...
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蓮花23

「清美きよみが受け取った絵手紙にあったんだ。もしも佳佑君が訪ねてくることがあったら、俺が作ったものを出してやって欲しい。ただ、それだけだ」 そう言って恵三は厨房の中に消えた。再び戻って来たとき、彼は二枚の皿をのせた盆を手にしていた。一方には...
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蓮花22

あの人は、母に何を書き送ったのだろうか。母の絵手紙に対して、あの人が送ったのはやはり絵手紙だったのだろうか。それとも文字だけの手紙、あるいは絵葉書。返信はしていなかったのかもしれない。聞きたいことは山ほどもあるのに、うまく口にすることができ...