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『明日の私』第4章「最高の試合」(3)

パスン、という乾いた音とともに、ボールがリングネットをすり抜けていた。その直後、ホイッスルの叫びが体育館にこだました。 ファウルを宣告する審判のホイッスルを待っていたかのように、会場全体からわっと歓声と悲鳴が上がった。 通常のシュートによる...
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『明日の私』第4章「最高の試合」(2)

「ゾーンディフェンスに入る前のマンツーマンが時間的に長すぎたのがネックだった。マンツーマンを一生懸命やって相手を止めようとすれば、当然ファウルが嵩かさんでくるよな。その試合では、エースが第三クウォーターの序盤で四つ目のファウルをもらってしま...
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『明日の私』第4章「最高の試合」(1)

「柏木先生はすごい」 私が高校に入学して間もないころのことだ。その日の練習が終わり、いつも通り短いミーティングをするために佐藤のもとに集合した際、彼の口からその名が出された。「とにかく熱いんだ。僕の方が教師としてもバスケの監督としても職歴は...
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『明日の私』第3章「しょっぱい味噌汁」(5)

進級に際し、私は進学コースの文系を希望した。 総合コースからの希望者には数人分の枠しか与えられていない。 私は冬の初めから学習に力を入れ、ぎりぎりではあるが冬休み明けの定期試験で進学コースに入るために設けられた基準を一応は満たしていた。しか...
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『明日の私』第3章「しょっぱい味噌汁」(4)

学力上位者のためには、一般受験による国公立大学への進学を可能にする特別進学コースが二クラス設けられている。その一方、主に部活動に力を注ぐ生徒で構成された総合コースには、六クラスが割り当てられている。残る二クラスには特別進学コースのように毎日...
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『明日の私』第3章「しょっぱい味噌汁」(3)

やがて秋が過ぎ冬を迎えた。 その年の冬は例年にも増して積雪が多かった。美夏が住む北国の小都市では、除雪のための費用に充てていた予算を二月末には使い果たしてしまっていた。 例年ならばたとえ二、三日雪が降り続いたとしても、そのあとに晴れ間がのぞ...
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『明日の私』第3章「しょっぱい味噌汁」(2)

家に着くと、まずは買ってきた食材を冷蔵庫や戸棚に仕舞った。その間、小鉢は呆けた顔つきをして流し台の上にのっていた。ふと手に取って眺めた。この器を何に使おうか。夕食の準備をしながらも、あれこれと思いをめぐらせた。 自分を励ますために買ったもの...
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『明日の私』第3章「しょっぱい味噌汁」(1)

放課後、一番早い時間の列車に乗るために駅に向かう日々が始まった。 列車を降り、駅前のスーパーに寄る。その日の夕食、翌朝の朝食、そして学校にもっていく弁当に必要な食材を購入する。まだ松葉杖は手放せない。買ったものをリュックに詰め、背中に負って...
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『明日の私』第2章「赤い川」(6)

先立って体育館を出た佐藤が私に向き直った。背中に負った夕日の赤い光に飲みこまれて、佐藤の顔は黒い影に塗りつぶされていた。「大けがをしたんだ。選手を続けられないのは仕方がない。でも、美夏さえよければマネージャーになってもらえないだろうか。バス...
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『明日の私』第2章「赤い川」(5)

ある程度予想はしていた。皆が見舞いに来てくれた入院中には、歩いている自分の姿を見せたことがない。体育館を走りまわっていたころの姿だけを知っている彼女たちにすれば、私の現状は確かに衝撃的なのだろう。 佐藤が小太りな体を揺すりながら駆け寄ってき...