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蓮花23

「清美きよみが受け取った絵手紙にあったんだ。もしも佳佑君が訪ねてくることがあったら、俺が作ったものを出してやって欲しい。ただ、それだけだ」 そう言って恵三は厨房の中に消えた。再び戻って来たとき、彼は二枚の皿をのせた盆を手にしていた。一方には...
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蓮花22

あの人は、母に何を書き送ったのだろうか。母の絵手紙に対して、あの人が送ったのはやはり絵手紙だったのだろうか。それとも文字だけの手紙、あるいは絵葉書。返信はしていなかったのかもしれない。聞きたいことは山ほどもあるのに、うまく口にすることができ...
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蓮花21

「あなたのお母様からは年始と暑中と春と秋、年に四度絵手紙をいただいてきました。一度も欠かさずにです。お手紙には、最初のころこそ事件に関する慰めの言葉がありました。それは私にとって辛い記憶を呼び起こさせるものでしかありませんでした」 すべてを...
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蓮花20

「他にお客さんがいないことは気にしないでください」 あの人の声に、ふと我に返った。瞬間的に隣の席の背に掛けていた上着に手を伸ばした。「それでは?」 そう言いかけると、あの人が手で佳佑の動きを制した。「もう、お店は閉めましたから」 動き出そう...
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蓮花19

事の発端となった修善寺は、東京の浅草に本社をもつ運営会社の系列に属する。それまではその会社の社長が母の求めに応じて異なる土地に職の手配をしてくれていた。それだけでも一定のラインを越えた温情ではあったのだが、母がそれを頼らないと決めたことをも...
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蓮花18

加害者の家族が受ける誹謗中傷を、次の加害者であるあの人に引き継ぐ行為。憎悪が次の憎悪を生み出す流れを作ることは何としてでも避けなければならなかった。あの人を憎むことによって、自分の置かれた場所はほんの少しだけ居心地が良くなるかもしれない。し...
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蓮花17

「先ほど、なぜ建築士にという話がありましたよね」あの人が真っ直ぐに佳佑を見た。「他人と接することを避けてきたのには、理由があるんです」 何もここで口に出す必要はない。しかし、知りたかった。「父が、人を殺したんです」 相手から表情が消える瞬間...
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蓮花16

「失礼します」 それを見ていたのだろう。店先で何らかの作業を終えた若い男が横に立った。ゆっくりと丁寧に土鍋を持ち上げると、それを手に厨房へと姿を消した。「彼が、二代目です」 あの人が微笑む。その成長を見てきたからなのだろう。そしてこれからも...
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蓮花15

「血のつながり、なんですかね」 母と自分との間にも、敢えて言葉にしなくても分かち合い、労いたわりあえていた部分があった。「あなたは? あなたが辛いときには、誰が助けてくれるんですか?」問う必要も、あるいは答える理由もない言葉が口をついて出た...
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蓮花14

「私の仕事も、同じです」「お仕事は何を?」「建築士です」あの人は頷いた。「建築はどんなに目新しく奇抜なデザインやアイデアが盛り込まれているように見えても、きちんと基礎的な工事を踏まえていなければ安全ではありません。安全が確保されてこそのデザ...