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『明日の私』第12章「三者面談」(2)

私は素直に、やっぱり柏木はすごいなと思わされた。 本人が意識しているかいないのかは分からない。しかし現実的に、注意散漫でよそ見しがちな私たちを政治や経済という堅苦しい話題に対して夢中にさせる力を発揮することができている。この力はそうやすやす...
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『明日の私』第12章「三者面談」(1)

『秘密クラブ』に参加した効果があってか、日常生活の中に学習の時間を確保することが私にとって当たり前になっていた。夏休み中は各教科の学習内容についてこれまでの歩みを復習し直すことに力を入れた。その甲斐あって、夏休みが明けた直後の授業の内容から...
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『明日の私』第11章「なりたい私」(7)

「イチ、ニ、サン」「オシ!」いざ後半戦に臨もうとする背中の一つひとつに、目には見えない力があふれていた。そのことに気がついた瞬間、私の身体のなかを風が吹き抜けた。 こんなふうに、他人ひとに力を与えることができる人間になりたい。 風が私のなか...
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『明日の私』第11章「なりたい私」(6)

最後に、柏木はベンチに座る選手全員の顔を見回した。選手たちは暗い表情をしていたのかもしれない。私の位置からは柏木の顔しか見えないが、次の言葉がそのことを想像させた。「何をそんなに深刻な顔してんだ。そんなに固くなってたら入るシュートも入らなく...
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『明日の私』第11章「なりたい私」(5)

「あの六番、齋藤だよな? 普段と全然違わねえ?」 勇児が、クラスメイトの齋藤の動きに目を見張っている。「そうだね」 私はフロア全体の動きを早くつかみたくて、意識を集中していた。コートから目を離さないまま、勇児の言葉に曖昧に応じた。 そのまま...
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『明日の私』第11章「なりたい私」(4)

「今、第何クウォーターですか?」 私は隣で観戦している男性に訊ねた。おそらく相手チームの選手の保護者なのだろう。白いユニフォームの選手が好プレーを見せるたびに拍手を送っている。男性は第二クウォーターだと教えてくれた。私はオフィシャルテーブル...
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『明日の私』第11章「なりたい私」(3)

職員室のドアを開いて目の前にのびる廊下を行くと、次の試合に備えてウォーミングアップする他校の女子チームに出くわした。校舎内だからだろう。ランニングの際に掛けあう号令も遠慮がちだ。 体育館に近づくにつれ、応援の声がしだいに大きくなる。バスケッ...
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『明日の私』第11章「なりたい私」(2)

「勇児、ごめん。あたっちゃって」「いや、俺の方こそ、ごめん。人づてに聞きましたっていう態度も、逆の立場だったらムカつくよな。自分の目で見て、耳で聞いて知ってたことなのに」「どうして?」「いや、ほら、六時間目が終わって放課後の講習が始まるまで...
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『明日の私』第11章「なりたい私」(1)

べたりと貼りつくような残暑の中を、時折乾いた風が吹きわたっていく。その流れにわずかながらに香る秋が、私の頬をさらりと撫でた。息をつく暇さえ与えてくれない強さでのしかかっていた夏が、いつの間にか私の体から離れていた。少しだけ大きく息を吸いこん...
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『明日の私』第10章「保奈美」(8)

夏休み最後の週末を、私は家でのんびりと過ごすことにした。 週明けの月曜日は夏休み明けでもあり、そこからは嫌でも他人と顔を合わせる日々が続くことになる。何も土日にまで人との接触を詰めこむ必要もないだろう。心も体もどこかで休養を欲しているように...