小説

『永遠の花嫁』

『永遠の花嫁』第一章「早雪」A2

倉科は息を呑んだ。 記憶の中の、達樹の虚ろな目がこちらを見ていた。体に突き刺さったナイフによる痛みで、その顔が歪む光景が脳裡に浮かんだ。 言葉を発しない倉科に業を煮やしたのか、桜田がさらに言葉を重ねた。「どんな生徒でしたか?」「簡単には話せ...
『永遠の花嫁』

『永遠の花嫁』第一章「早雪」A1

「夕方、本庁から電話があったの。またかけ直すって言ってたけど、心当たりはある?」 帰宅の挨拶を交すなり、妻の環たまきの報告を聞く。 本庁。ついそんな言い方をしてしまう環を、倉科は笑った。環もつられたように笑った。「本庁はないだろ。警察って言...
『永遠の花嫁』

『永遠の花嫁』「序章」

凡例:本ブログに掲載するにあたり、以下のように設定した。・この物語は「倉科」の視点から語られるsideAと、「桜田」の視点から語られるsideBに分かれ、交互に編まれている。同じ章内のsideAとsideBは、対を成す構造になっている。・A...
『明日の私』

『明日の私』最終章「明日の私」(最終回)

いや、違うな。もう一つの想像が、柏木の姿に覆いかぶさった。 もしも柏木が私と同じ立場に置かれたら、もっと野蛮に、何のためらいもなく、美智子をなじり、父親に嚙みついたかもしれない。そんな自分の姿を恥ずかしいなどとは思わず、めちゃくちゃに暴れま...
『明日の私』

『明日の私』最終章「明日の私」(9)

私は橋を渡った。 川に沿ってのびる土手の上には、乾いた土がむきだしになった白い道がどこまでも続いている。私は土手の稜線にのびるこの一本道を、当あて所どなく歩いた。 川原と反対側の斜面には、幹回りのたくましい桜の木々が連なっている。立派な枝ぶ...
『明日の私』

『明日の私』最終章「明日の私」(8)

雪国の初冬。 冬の短い日の光が、明々とアスファルトを照らし出していた。私はその光に、肌が焼かれるような痛みを覚えた。心を慰めてくれていたはずのさらりと乾いた冷たい風が、頬にちくりちくりと刺さっては、私の中に苛立ちを残した。 しかし、私は知っ...
『明日の私』

『明日の私』最終章「明日の私」(7)

私の視線に射すくめられた、美智子の目が物語っていた。仕方がなかった、と。 私は、胸の中を黒く塗りつぶす疑念が少しでも晴れるように、美智子にいくつもの問いをぶつけてやりたかった。どうして性懲りもなくまたこの男を受け入れようとしているのか、納得...
『明日の私』

『明日の私』最終章「明日の私」(6)

どのくらいの間そうしていただろうか。実際にはそれほど長い時間ではない。しかし、呼吸すら忘れさせる時間は、私にとって永劫の長さを宿していた。「試験はどうだった? うまくいったか?」 空気の重さに業を煮やしたのか、無理やり笑顔を作った父親がそう...
『明日の私』

『明日の私』最終章「明日の私」(5)

「おかえり」 美智子の声もいつも通りだったように思う。玄関からドア一枚を隔てたリビングにいるであろう、彼女の様子をうかがい知ることはできなかった。しかし、何もかも日常との違いはないはずだった。 だが、私の目は異質なものをとらえていた。 黒革...
『明日の私』

『明日の私』最終章「明日の私」(4)

推薦入試に関するすべての行程を終え、私がコンクリートの牢獄から解放されたのは、昼を少し回ったころだった。 晩秋の空はどこまでも高く、そして澄んでいた。 朝よりも一段と輝きを増した陽の光があふれる中を、私は学舎の出口から正門に向かって駆け出し...