『咲く野の日暮れは』「蓮花」

『咲く野の日暮れは』「蓮花」

蓮花4

あの店はどうなっているだろうか。 夏椿の枝を剪定鋏で整えながら青い空を仰ぐと、ふとそんな思いが下りてきた。 都内にあるはずのその店を一度も訪れたことはない。店構えや暖簾を見たこともない。知っているのはあの人の存在だけだ。 テレビを点けるたび...
『咲く野の日暮れは』「蓮花」

蓮花3

緊急事態宣言下、収入を絶たれた飲食店の経営者達がどれほど先行きの見えない不安な日々を送ったか、想像に難くない。不安は現実のものとして彼らの経済を直撃したし、店を手放す者たちの嘆きが世に蔓延していた。実際に、祐子と二人でこれまで定期的に通って...
『咲く野の日暮れは』「蓮花」

蓮花2

土地に対する経験の反動だろうか。人に対する執着は我ながら強いように思う。 佳佑という人間がどこから来てどこに行こうとしているのか。そのすべてを知っていた妻、祐子ゆうこの存在は、佳佑を港に舫もやうロープのようなものだった。祐子がいる家は間違い...
『咲く野の日暮れは』「蓮花」

蓮花1

年の瀬に得体の知れないウィルスによる感染症の存在が明らかになった。それからというもの瞬く間に世界中に広がり、東京に最初の緊急事態宣言が出されたのは二〇二〇年四月初旬だった。様々な情報が飛び交うなか、手洗いや手指の消毒、マスクの着用といった日...