「一戸達樹は、入学前から素行の面で問題視されていました」
この学校に赴任した直後に当時の校長から聞かされたことを二人の刑事に話した。
「電話でお話したノートはこれです」
あの雪の降りしきる夜、一戸達樹から預かったノートだ。べたべたと無造作に触れていいものではない。雪に濡れたノートを自然乾燥させた後、密閉することができるビニール製の袋に入れておいた。何も言わなくても、二人の刑事が話の続きを要求しているのが分かる。
「突然でした。仕事を終えて帰宅しようと車を走らせていると、達樹が車の前に飛び出して来たんです」
「驚かれたでしょう?」
「はい。危うく轢きそうになりました」
「一戸達樹が先生の車を止めたのはどのあたりですか?」
「正門を出て短い直線道路がありますが、すぐにT字路にぶつかります。そこを右折して少し走ったところです」
「その後は?」
「最寄りの私鉄の駅で降ろしました。そのときこのノートを置いて行ったんです。自分の身に何かあったら、これを警察に渡してくれと頼まれました」
桜田がビニール袋に入ったままのノートにようやく手をつけた。
「それでは、こちらもお預かりします」
そう言って、ノートをショルダーバックに仕舞った。
「このビニール袋は誰が?」
「私が。記述内容だけでなく、指紋、毛髪、繊維片。何かしらの情報があるかも知れない」
短い沈黙が空間を包んだ。同じようなタイミングで桜田と山脇がかすかに首を動かし、互いの視線を絡ませた。
「二月十日の過程がここから近い範囲で起こったのであれば、ご足労ですけれども、一連の流れを実地で教えていただけないでしょうか?」
「もちろん、かまいません。ご協力します」
倉科はソファから腰を上げた。先頭に立ち、職員用の玄関を出て車まで歩いた。
「やはり、一戸達樹は助手席に乗ったのでしょうか?」
「はい、そうです」
「では、私が助手席に乗ります」
桜田はやわらかな身のこなしでシートに身体を納めた。ふうわりと、風が起こった。
「このノートを預けた相手が、どうして倉科先生だったんでしょうか?」
「それは、私にも分かりません」
倉科は車をゆっくりと発進させた。
『永遠の花嫁』第一章「早雪」A4
『永遠の花嫁』
