ベッドの中は温かく湿っていた。
目覚めて隣を見ると、男の無防備な横顔があった。
人肌のぬくもりの中でしばらくまどろんだ後、高田を起こさぬよう、音を立てずにベッドを出た。床の冷たさに、衝いた爪先が驚いた。
冬の東京。
部屋の寒さは凍てつくほど厳しくはない。
もう一方の足を床に下ろす。爪先立ちのままベッドを回り込み、そっとカーテンを開いてみる。朝靄が低くたなびき、家々を隠している。
ウォークインクローゼットに入る。ハンガーに掛けられたシャンブレーのコットンシャツを取り、キャミソールを着ただけの上半身に羽織る。素肌に冷たいシャツからは、高田の匂いがした。部屋に戻り、床に落ちていたブルージーンズを拾い上げ、足を通した。その性にしては細いとはいえ、高田に合うサイズのジーンズには腰回りにかなりの余裕がある。腰から尻へと向かってなだらかに膨らみを増すあたりにジーンズのウェストをひっかけ、その分余った裾をロールアップした。
素足のままキッチンに立つ。新しい空気を取り込みたくて、窓をわずかに開けた。男の一人住まいの割にキッチン全体が清潔に保たれているから、すぐに朝食の準備に取り掛かることができる。冷蔵庫からベーコンと卵を取り出す。フライパンにオリーブオイルをしき、ガスコンロに掛ける。ベーコンを載せると、オリーブオイルの上で踊り出した。焦げつかない程度に焼き上げ、皿に移した。それに代わって卵を二つ、殻を割ってフライパンの上に落とす。オリーブオイルとベーコンの脂身と塩分が、目玉焼きにもほどよく味をつけてくれるはずだ。六枚切りの食パンを見つけ、二枚焼きのトースターに入れてレバーを下ろす。パンの間から、赤く熱せられた電熱線が僅かに見える。
高田がベッドを出る気配を背中で感じる。振り返ると、盛大に寝癖をこしらえた眠そうな顔が近づいてくる。
「おはよう」
「おはよう。そんな格好で、寒くないか?」
どうしようもなく打ちひしがれているときに、一晩だけの寝床を提供してくれる男。
「大丈夫よ。かえって、気持ちいい」
ダイニングテーブルの椅子を引きながら、高田はまだまともにまぶたを開くことができずにいる。
「天気は?」
時々気まぐれに立ち寄って行くだけの女をどう思っているのか。
「快晴」
キッチンの小さな窓から見える空は、夏の青を霞ませたかのように白い。それでもよく晴れているのが分かるのは、うすく開けた窓から入り込む風が、青く乾いているからだ。
高田はカレンダー通りのオンとオフをもつ仕事に就いている。火曜日、彼は桜田がこの部屋を出た後に出勤することになる。それを本来あるべき自分の姿ではないと高田は言う。小説家を目指して原稿用紙にむかう姿こそが自分の正体なのだと信じている。
昨夜、この部屋に来たのはまだ日付が変わる前だ。真っ直ぐ自分の部屋に帰る道程をずらしてここに立ち寄った。
『永遠の花嫁』第一章「早雪」B1
『永遠の花嫁』
