ようやく弘前西署にたどり着いた。山脇と並んで玄関をくぐり、受付で用件を伝えてから年若い制服組の案内に従った。階段を上がり、二階にある刑事課のドアをノックした。
「失礼します。警視庁特別捜査本部の桜田です。ご挨拶にあがりました」
時間が時間なだけに、その場に居合わせた人数は少ない。
何事につけ、この仕事に関しては最初の勢いが肝心だと桜田は思う。
キャリアとノンキャリア、警視庁と各都道府県警との間には、何かと軋轢が起きやすい。そうは言っても、小説やドラマのように本来的に互いを嫌悪し合っているというものではない。
同じ職業に就いている者同士のいざこざほど愚かしいものはない。互いに相手に対する傲慢な態度を控え、謙虚に振舞えば何も問題は起こりえない。両者がそれぞれの立場の違いを殊更に強調しようとするものだから、余計な問題が生じるのだ。桜田は自分から率先して協力的な姿勢を示すことを心掛けたいと思っていた。その結果、同僚に足を引っ張られた経験はほとんどないと思っている。
「こちらにどうぞ」
部屋の一番奥から野太い声が飛んできた。窓を背にした位置に大きなデスクが据えられている。男が一人、机の向こうで立ち上がった。桜田は真っ直ぐにそのデスクに向かった。少し後ろに山脇が従っている。
そろそろ一日の仕事を終えようとする時間だ。恰幅のいい刑事課長の顔は、疲れているように見えた。その顔で、ぎこちない笑顔を作っている。
「桜田といいます。よろしくお願いします」
「山脇です」
「坂本です。わざわざ顔を見せてくれるなんて、嬉しいですね」
「時間の関係で、聞き込みの相手の方に先にあたらせてもらいました」
「気にせんでください。事前に電話を入れていただいただけで十分でしたのに。そうですか、倉科先生にはもう会いましたか」聞き込みの相手が倉科であることは、すでに最初の電話で伝えていた。「ただの二枚目じゃなくて、一本筋の通った人だったでしょう?」
「倉科先生をご存じなんですか?」
「とても世話になりました。息子の担任だったんです」
桜田はついさっきまで自分の目の前で話をしていた倉科の姿を思い出した。彼に会った瞬間に感じた強い違和感がいまだに体の中に残っている。あの場面では何とか相手に気づかれずに済んだものと思ってはいる。そしてうまく日常的な顔を取り戻し、東京から突然やって来た初対面の女刑事を演じることができていたはずだ。しかし、内心は動揺していた。心臓が激しく鼓動を打ち鳴らし、体の外にまでその音が響き渡っているのではないかと疑った。そんな自分の変化の根拠が分からないことが桜田をさらに動揺させ、混乱させた。自分の身に一体何が起こったのか、皆目見当がつかなかった。だが、あえてこの混乱に名前をつけるとしたら、既視感ということになるのだろう。
自分はこの男にどこかで会っているのではないか。
それを思い出そうとすると、なぜか嘔吐にも似た苦痛が胸にせり上がってくる。
地方都市の冬の夜、坂本との対面に笑顔をつくりながらも、桜田は早く一人になりたいと念じていた。
『永遠の花嫁』第一章「早雪」B12
『永遠の花嫁』