新聞社の記者室は、二十四時間眠らない。常に誰かが仕事をしているため、不審な人物が書類やデータをゆっくりと物色することなどできるはずもない。社内の人間か、よほど肝の据わった手練が素早く犯行に及んだとしか思えない。
一戸が何者かに脅されていたという記録は残っていない。直接的な脅しをかけられることはなかったのかもしれないが、桜田の経験上、そのようなケースは稀だ。仕事がらみで命を狙われるような場合、何らかの形でその仕事から手を引かせるような圧力がかかるものだ。職場が荒らされた件は、一戸に対する警告ととらえることができる。恐らくもっと直接的な脅しもあったはずだ。職場の事件の手口は、どう考えても組織的なものだ。相手がプロであればなおのこと、命を奪う前に何らかの警告はあったのだろう。しかし、一戸は交渉に応じなかった。その結果、命を落とすことになったのではないか。
一戸が持っていたはずの取材ノートや手帳やメモは、おそらく盗んだ者たちの手で処理されているのだろう。ノートパソコンが無くなっているため、記録されていたはずのデジタルデータも見あたらない。
一戸の取材活動の一端を聞き及んでいた同僚記者がいた。所轄署の調書には、同期入社の田村雄一の名が残されている。社内で日常的な会話を交わすような相手は、この男をおいて他にはいなかったようだ。
田村に対して行われた事情聴取の記録によれば、一戸の口から今追いかけているヤマについて、二人の政治家を告発することができるかもしれないと聞いたという。「それと」と前置きして、達樹が話したという内容とそのときの様子を述べている。
「自分にとって大切な人間を守るためにクズみたいな奴らを告発することができれば、こんなに面白いことはない」
どこか照れくさそうにそう言った一戸の姿が、いつも目にする仏頂面ではなかったことが強く印象に残った。そう田村は語っていた。
『永遠の花嫁』第一章「早雪」B5
『永遠の花嫁』
