『永遠の花嫁』第二章「粉雪」A16

『永遠の花嫁』

 倉科は高橋と接する中で、もうすでにそのことに気がついていた。椿にとって、この花庵に身を寄せることが出来たのは、本当に幸運なことだった。
 たとえ椿がここにいることを嗅ぎつけたとしても、彼女を手に入れたいと思っていた人間なり組織から守られていたのは、花庵を創設した人物がもつ裏側の力が機能していたからにほかならない。この国の中にある無数の力のバランスを保つ上で、うっかりと手を出せない位置に花庵の創始者が巨大な力を占めていたことで、結果的に椿が守られていた。
「高橋さん。私は椿を守りたいだけです」
 倉科は、高橋にはきちんと話しておくべきであることを確信した。出来ることならば椿が今現在どこでどうしているのかをつきとめて、可能な限り幸せでいられるように手を貸したい。椿本人にさえ気づかれないように。椿がこの花庵にいる間、高橋さんやこの施設を創始された方が彼女をしっかりと庇護してくれた。そのことに心から感謝したい。今度は私が椿を守る番だ。その点は、本当の私がどこの誰であろうと、私を信じてもらうしかない。そう結んだ。
 倉科の言葉に、高橋は薄く微笑んだ。
「実は、匂いで分かります。倉科さん。本当は、あなたはとても危険な人だ」
 一瞬、高橋の視線が倉科の目に刺さった。
 この件に関しては、椿に関することでは、あなたは誠実に対応している。そう思う。だからこうやって、彼女からの置き土産を手渡した。小包の送り主の要望だとはいえ、私がそうしようとしなければ、これがあなたの手に渡ることはなかった。そう言って、高橋は笑った。
「他に、高橋さんが椿について覚えていることはありませんか?」
 一応はという程度のつもりで、倉科はそう切り出した。
「そうですね。洗礼を受けた件、話しましたっけ?」
「洗礼、ですか?」
「はい。この施設から姿を消す直前に。創設者に願い出て教会を紹介してもらったんです。そこで受洗しました」
「クリスチャンになったということですね?」
「その通りです」
 そこまでだったのかと、倉科は率直に驚いた。ここで学んだキリスト教が、繰り返し読み込んだはずの『聖書』が、椿の心に生涯の信仰を決心させるほど深く刻み込まれていた。椿本人が受洗を求めたのであれば、彼女の心は落ち着くべきところに落ち着いたことになる。
「あの子が今どこにいるのか、高橋さんは本当はご存じなんじゃないですか?」
 倉科はふと思いついたように高橋にそうたずねた。
 高橋は首を横に振った。
「それはありません。たとえあなたが椿さんの居所を知り得たとしても、私に知らせる必要はありません。情報は、限定しておいた方がいい」
「分かりました、そうします。今日は、どうもありがとうございました」
 倉科は右手を差し出した。高橋がそれを受け、二人は力強く握手を交わした。 

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