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拝啓 倉科先生
久しくお目にかかっていませんが、お変わりないでしょうか。
この手紙がいつ先生の手に渡るのか、または渡らないのか、私には分かりません。私と花庵の高橋さん以外の誰にも知られず、ひっそりとどこかに仕舞われたままの方が良いはずのものです。もしこれが先生の目に触れることがあるとすれば、それは私の身に何かあった場合でしょうから。そんな私のことを知るために、または椿を守るために先生が動いてくれることがある場合に限り、この手紙はようやく陽の目を見るはずです。
私には本当の意味での身寄りはありません。それは高校生のころ、入院中の病室で先生に話した通りです。私の身に何らかの不幸が起こった場合、警察が話を聞きに来る対象は限られています。そのなかに先生が含まれることは、容易に想像することができます。そのとき先生がどう行動されるのか、これも今の私には分かりません。しかし、想像や期待することはできます。こんなふうに考えを文字に起こしながら、自分でもようやく気がついたことがあります。私は自分だけが不幸な生い立ちとその後の人生を背負って生きてきたと思い込んでいました。しかし先生も同じように辛い過去を背負って生きてこられたことを知った時、先生になら何もかもを分かってもらえると思えるようになっていたのです。
もうすでに私の身に何らかの不幸が起こっているのなら、改めて先生にお伝えする必要があることなどないはずです。何をしたところで私を元通りの状態に戻すことなどできないからです。しかし、私のことはさておき、椿に関することはまったく別です。私には椿を守る義務があります。この義務は私が勝手に自分に課したものですが、このこと以外に私が人生をかけるようなことは何もないのです。
先生の目に、私と椿の姿はどう映っていたでしょうか。私は先生にたくさんお世話になりましたから、おそらく私のことはよく覚えてくださっていることと思います。一方椿については、特殊な事例として印象強く記憶されているかもしれませんね。しかし、「達樹と椿」となると、おそらく何も思い浮かばないのではないでしょうか。
様々な言い方ができるかもしれませんが、私にとって椿は、運命の人です。仕事をするなかでファム・ファタールという言葉を知りましたが、私にとって、彼女がまさにそれにあたります。
私は、幼いころから日常的に暴力を受け続けてきました。拳やその他のありとあらゆる硬い物で、体のいたるところを殴られました。どういった志向なのか、熱した金属をあてがわれることも多々ありました。私にとって他者が体に触れるということは、苦痛を与えられること以外のなにものでもなかったのです。触れてほしい相手に優しく触れられた経験など、まったく記憶にないのです。
『永遠の花嫁』第二章「粉雪」A18
『永遠の花嫁』