『永遠の花嫁』第二章「粉雪」A7

『永遠の花嫁』

 公立の高等学校に比べ、私立は授業料が高い。国の現行のシステムにおいては、それを学生がいる世帯の収入に応じた補助金を支出することで支援しているが、少ないながらも途中で授業料を払うことができなくなる場合が出てくる。他の私立高校ではどのような方法をとっているのか分からないが、保護者に授業料を納める意識を高めさせるために、倉科が勤める高校では入学時に保証人を明記する誓約書を書いてもらうことにしている。
 生徒の保護者が授業料を滞納したからといって、保証人から滞納分を払ってもらうようなことはない。学校は金融機関ではないからだ。かといってボランティア団体であるはずもない。授業料を納めてもらわなければ経営が成り立たなくなる。そこに保証人を設けることによって、授業料の滞納が誰かの迷惑になっているという精神的な(かせ)を保護者にはめることはできる。保証人に対する体面が、保護者に授業料は必ず払わなければならないのだという暗黙のプレッシャーとなり得ることを期待して、この制度が設けられている。
 川村椿にも保証人がいたはずだ。それがこの地に根ざした人物であるならば、今も椿について知る手掛かりをもっている可能性がある。おそらくアパートを借りた際の保証人と同一人物、川村貞一さだいちである公算が高いことから、大した情報が得られるとは思えない。しかし、確認してみる価値はある。傷みの進んだアパートの外階段を上がりながら、倉科の心は椿が転校してきた際の保証人を早く確認したいとの思いに駆られた。
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 椿が住んでいたアパートを刑事たちとともに訪れた翌日、二月二十二日。水曜日の朝一番に、倉科は事務員の今井(いまい)に頼んで、保管されているはずの書類を探した。そして見つけた。
 ファイルの表紙には『二〇〇五(平成十七)年度家庭環境調査書』とある。倉科は学籍番号一六一一番の誓約書を探して書類をめくった。
 生徒氏名〈川村椿〉。保護者氏名〈川村真理亜〉。続柄〈母〉。保証人氏名〈川村貞()()〉。続柄〈祖父〉。
 倉科は一通りの情報を、準備していた手帳に書き写した。
 一日の業務を終え、あとは帰宅するだけとなった時刻に、川村貞一への電話をかけた。数回の呼び出し音が流れた後、女の声が応答した。
「はい」
「夜分遅く恐れ入ります。私は川村椿さんが通っていた高校の担任だった倉科といいます」
 返事が聞こえてくるまでに間があった。
「どういったご用件でしょうか?」
 この声には聞き覚えがある。倉科は、受話器を耳に押しあてた。
「川村貞一さんはご在宅ですか?」
「父は二年ほど前に昏睡状態になったきり、意識が戻らないままです」
 年配者の話す津軽弁は、倉科のように地元で育っていない人間にはときとしてどこか見知らぬ国の言葉のように聞こえる。イントネーションや、唇をあまり動かさない話し方のせいばかりではない。話す言葉の字面そのものが分からない場合も多い。受話器の向こうから聞こえてくる言葉は聞き取りに苦労するようなものではなかったが、どこか棘を含んでいる分、早口だ。気を抜くと次々と流れ落ちていきそうで、耳に意識を集中する必要があった。
「今度、当時の同窓生たちがクラス会を開くことになったんです」

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