倉科は口を突いて出るままに嘘を並べた。川村椿本人は、彼女に関する退学届けを学校に郵送してきて以降、どうしているのか分からない。こちらに残されている書類には、椿さんの祖父にあたる貞一さんが保証人ということになっている。椿さんの所在が分かるかと思って連絡を入れたのだが、いかがなものか。そう続けた。
「私たちにも分からないんです」
「本学から転校した先の学校名はご存知ですか? そちらにも問い合わせてみたいので」
「それも分かりません」
それは嘘だ。倉科はこの言葉が嘘であることを、七年前から知っている。
「安否すらご存じない?」
「姪の椿には、私も数えるほどしか会ったことがありません。その後、どこでどうしているのかも分からないんです」
「ということは、あなたは椿さんの叔母にあたる方なのですね? 失礼ですが、お名前を教えていただけないでしょうか?」
相手には、この質問に答える必要がない。当然のように断られるものと思っていた。しかし、しばらくの沈黙のあと、女は名乗った。
「……川村、依子です」
「そうですか、ありがとうございました」
倉科は電話を切った。他の教職員はほとんど帰宅してしまっている。倉科はひとつ、誰に聞かせるともない溜息をついた。
何かが腑に落ちない。夜の闇を背景に、窓に映った自分の姿がそう言っている。
女の言葉はこの地方独特のイントネーションに彩られていた。表情があったと言ってもいい。冒頭で落ちた音が二音節目でぐんと上がり、それからなだらかな曲線を描いて滑り落ちるような単語の発音。それがくり返されて文節を作り上げる。地元の出身ではない倉科には、このイントネーションがどうしても真似できない。女はそれを敏感に感じ取って、いわゆる標準語へと言葉を切り替えた。ある一定の年齢よりも下の世代であれば、方言が強い地域では当然の技能といったところだろう。それにしても、女の言葉にはあまりにもほつれがない。
慣れているか、または、準備しているか。倉科はそんな印象を抱いた。
川村椿を探している人間が、それほど多く存在するものだろうか。椿の叔母にあたる依子が、対応に慣れ切ってしまうほど椿の消息に関する問い合わせが繰り返されてきたとも思えない。ならばやはり、念入りに準備しているのか。
いや、恐らく思い過ごしだ。先を急ぐあまり、どんな些細なことにでも意味をもたせたがっている自分の都合がそんな思考を生み出しているにすぎない。倉科は自分にそう言い聞かせた。
『永遠の花嫁』第二章「粉雪」A8
『永遠の花嫁』