桜田は先に立って玄関へと歩いた。挨拶を交わしていた山脇が桜田の後を追った。靴を履いて三和土に降りた桜田が顔を上げると、目の前に二階へと続く暗い階段が伸びているのが見えた。おそらくカーテンが閉ざされたままなのだろう。二階のフロアが闇の中に隠れている。
「この上は?」
桜田は二階を指差した。
「向かって左が達樹の部屋。右が私たちの寝室です」
和人が答えた。
「上がっても?」
「私たちの寝室は勘弁してください。達樹の部屋ならいくらでも。あの子が上京してから、一度もそのドアを開けたことはありませんが」
そう言いながらも、和人の返答を待つ必要は少しも感じていない。桜田はもう一度靴を脱いだ。壁のスイッチを入れ、蛍光灯を灯した。妻である葉子が入院している今、この階段を使っているのは和人だけだ。だからこそ、見るからに掃除が行き届いていた。山脇が桜田の後について階段を上ってくる足音がするが、和人の気配はない。
桜田は部屋のドアの前に立った。ひと呼吸置いてからノブを回し、押し開いた。
「何、これ」
思わず声が出た。部屋という名の箱がひっくり返されたように、ありとあらゆる物が散乱していた。足の踏み場さえ見あたらない。
職場のデスクに続いて実家の部屋までも、何者かの手によって荒らされたことになる。誰かが何かを探している。そうとしか考えられない。
「桜田さん。『一戸ノート』に、死んだ日の二日前に青森に来る予定が書かれていましたよね?」
前日、倉科から『一戸ノート』を入手した。ホテルに到着した後、桜田と山脇は取り扱いに細心の注意を払いながらノートのすべてのページをデジタルカメラで撮影した。そして、パソコンを使って即座にその画像を本部に送信した。急を要する捜査に資するためだ。現物は捜査本部に戻った際、すぐに鑑識に回す予定になっている。
「そんなの、覚えてるわけないでしょ? デジカメで撮っただけなんだから」
「『東北新幹線 二月十日 十四時三十二分発 十九時半ごろ実家へ』確かにそうありました」
この日付は達樹が倉科にノートを預けた日と一致する。達樹が母親を相手に電話で帰るかもしれないと話したのは、おそらくこの日のことだろう。それが何らかの理由で実家には寄らずに倉科のもとに走った。考えられるのは、一戸達樹を殺した人間か組織が、達樹が姿を現すのを待って実家の周辺に潜んでいた可能性だ。そのことを事前に察知した達樹は、ノートを託す相手として倉科を選び、学校から帰宅途中の彼をつかまえてノートを預けた。
「実家に帰る可能性を示唆したということは?」
山脇の瞳が、少ない光を反射して異様に輝いている。
「一戸達樹は、本当はここに来るはずだったっていうこと?」
「はい。ノートに書いてあった通りに行動していれば」
「身の危険を感じたんでしょうね。仕事場が何者かに荒らされていたとなれば、ここも同じような目に遭うことは簡単に想像できたでしょうし」
桜田と山脇は、部屋の中をもう一度見まわした。
「本部に連絡して。県警の鑑識に協力を依頼してもらいましょう。私たち二人ではどうにも手に負えない」
「一週間はかかるでしょうね」
「おそらく」
ここから何か出ることは期待できないだろうが、一通りの調査を行わないわけにはいかない。
「それにしてもよく覚えてたね、ノートの内容」
桜田の驚きを受け、山脇は子どものように笑った。
桜田はショルダーバッグの中から、足用のビニールカバーを取り出した。証拠品の宝庫となる現場を損なわないようにするため、常に持ち歩いている。桜田は慎重に部屋の端を歩き、窓辺に近づいた。そしてカーテンをわずかに開いた。朝の輝きに満ちた日の光が、容赦なく桜田の瞳を射た。その痛みから目を守るべく、桜田はまぶたをきつく引き結んだ。眩しさに慣れて少しずつまぶたを開くと、眼下にひしゃげた木造家屋が横たわっていた。晩冬の陽気の下で、それは桜田の目に不自然な、作り物めいた印象を与えた。
『永遠の花嫁』第二章「粉雪」B4
『永遠の花嫁』