『永遠の花嫁』第二章「粉雪」B7

『永遠の花嫁』

「長野に?」
「そう。H町スキー場で働いていた貞一さんの妹が、長野から来ていたスキーヤーと親しくなってね。結婚して男の実家がある長野に嫁いだんです」
 それでも貞一の心配は尽きなかった。
「その心配事っていうのは?」
「嫁いで何年もしないうちに旦那に先立たれてね。まだ若かったんだけど進行性のがんだったって、貞一さんから聞かされました」
「こちらには?」
「結局帰ってきませんでした。義理のお父さんが一人っきりになってしまうからって、長野に残ったんです」
「ほかに理由はないでしょうか?」
「貞一さんのところにはまだロシア人の奥さんが元気でいたから、帰ってきても居場所がないって思ったんじゃないですかね」
「では、今では全く接触がない?」
「いや、まれに依子が遊びに行ってるらしいですよ。若かったころは何カ月間かに渡ったこともあります」
「それも貞一さんから?」
「そうです」
 桜田は山脇と曖昧に顔を見合わせた。
「今日はどうもありがとうございました。また、お話を伺わせてください」
「私にできることがあれば、また声をかけてくださいね」
 鳴海は使い慣れた愛想笑いを満面に浮かべた。桜田と山脇は事務所をあとにした。
 冬の月光が、雪の街に硬い光を投げかけていた。地面を覆う雪の表面に光が降り注ぎ、きらきらと小さな輝きの粒が生まれては消えていった。
「川村真理亜はよっぽど思うがままに行動していたんでしょうね」
 ホテルへ向かう車中、山脇はハンドルを操作しながらそう言った。桜田は何とはなしに、答えを逃げた。山脇はそれきり口をつぐんだ。
 ホテルに着いた。エレベーターに乗り、部屋があるフロアに上がった。桜田の部屋で、その日の鑑取りの成果を確認した。捜査本部にはその内容を報告した上で、翌日の午前中に川村貞一と依子のもとを訪ねる旨を伝えた。
 ミーティングを終え、山脇が部屋を出た。ドアが閉まり、オートロックが作動した。
 桜田は髪をほどき、化粧を落とした。スーツを脱ぎ、シャワーを浴びた。シャワーに打たれることで、肌にまとわりつく汚れを削ぎ落とすことができる。固定したシャワーヘッドから放たれる熱い雨に打たれながら、長い時間をかけてゆっくりと身体を温めた。
 Tシャツとショーツを身に着け、髪をタオルでふきながらバスルームを出た。
 小型のノートパソコンを起ち上げた。ホテルから車を運転するのは、明日も山脇の仕事になるだろう。それでも一応はという思いで、川村貞一の家までの道のりをインターネットで検索した。
 今朝訪ねた一戸達樹の実家と同じH町に向かうのだ。途中まで今日の道をたどることはもちろん承知していた。しかし、結果的にどこまでも同じ道をたどらされていくうちに、川村貞一の家が一戸達樹が育った家のすぐ隣だということに気がついた。住所を確認すると、やはり号数が一つ違うだけだ。前日、一戸達樹の部屋から見下ろした家屋が、まさに川村真理亜の生家だった。桜田はゆっくりと大きく息を吸った。それは自分を落ち着かせるためのものだった。

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