「また積もりましたね」
そう言いながら依子は戸口を開け、歩いてくる桜田を迎え入れた。依子の長い睫毛が、瞬きをするたびに大きな瞳をなお一層際立たせる。そんな彼女がふと、口元に小さな笑みをたたえた。
「よく降りましたもんね」
「ほんとに、今年はよく降ります。一日に何度も雪掻きしなくちゃなんなくて」
桜田は上着の内ポケットに手を差し入れた。警察手帳を目の前に掲げると、女はわずかに目を細めて手帳を見つめた。陶磁器のように白く冷たい光を宿した皮膚が、依子を人ではない、何か妖しい生き物に変えて見せた。その上に慎ましやかにあつらえられた唇には血の赤がさし、依子をなお一層艶めかせていた。
「ちょっと伺いたいことがあってお邪魔しました。警察の者です」
「はあ」
依子が自ら感情を殺した瞬間を、桜田は見逃さなかった。
「川村貞一さんはいらっしゃいますか?」
貞一が植物状態にあることを聞きおよんでいながら、桜田は敢えてそう切り出した。
「父は二年ほど前に昏睡状態になってからというもの、寝たきりです」
不動産会社の鳴海が使っていた言葉がそのまま依子の口から繰り返された。
「そうでしたか。失礼ですが、あなたは貞一さんの次女の依子さんですか?」
「はい、そうです」
「少しお話を伺いたいのですが、よろしいですか?」
「少しだけなら」
「お姉さんの真理亜さんと最後に連絡を取ったのはいつですか?」
「去年の夏です。父の誕生日が八月二十四日なのですが、姉は家を出てからというもの、この日には欠かさず電話を一本入れてきます」
「毎年電話で話すのに、連絡先も知らないと?」
「はい。姉は自分のことを何も話してくれないんです」
「真理亜さんがこの家を出た頃のことを話してくれませんか?」
依子は小さく頷いた。そのどこか陰鬱な表情に、桜田は吸い込まれるような錯覚を得た。
「姉は、短大の卒業を待たずに身篭りました。そして生れたのが姪の椿です」 桜田には、依子が準備していたことを話しているようにしか聞こえなかった。相手は同じ高校で一つ上だった堀内恵一という男。ルックスがちょっといいくらいで、定職にも就かずにぶらぶらしているような、どうにもならない男だった。この土地を離れ、二人はまだ幼かった椿を連れて上京した。駆け落ち同然だったこともあって、入籍も済ませないままだった。東京では、真理亜がホステスをして稼いだ金で生活していたようだ。父は何度も姉と椿をこの土地に連れ戻そうと説得したが、とうとう諦めてしまった。父と姉はどちらも一歩も譲らないまま、最終的には親子の縁を切るところまで行ってしまった。依子の話は概ねそんなところだ。真理亜の事実上の夫、椿にとっての父親の名前を聞くことができただけで、収穫があったことにはなる。
『永遠の花嫁』第二章「粉雪」B9
『永遠の花嫁』