「当然、達樹は和人の養子ということになります。それも?」
「聞かされてはいませんでした」
「デリケートな話題ですからね」
「はい。本人や家族が話してくれる以外、知り得る手段はありません。達樹が棄児だったということも、保護者が里親だということも」
倉科は桜田を見つめた。話の続きを促しているのが分かる。
「それなら、まずは一戸和人について話さなければなりませんね」
そう言いながら、桜田は視線を伏せた。そして再び視線を上げ、あえてゆっくりと話し始めた。可能な限り自然を装い、倉科の視線に自分の瞳を晒した。それは倉科を前にした桜田にとって、小さな抵抗を意味していた。
「一戸和人は青森県H町で生まれました。現在住んでいる家が生家です」
一戸達樹の養父、和人は、有名私立大学への進学とともに上京した。入学試験を受けた時点での成績は、同輩中の上位だった。努力の結果、卒業を迎えるまでトップを維持し続けた。ゼミの担当をはじめとする教師陣の高い評価を得た和人は、大学卒業後、勧められるがままに同大学の附属高校に教員として就職を果たした。附属の中学校をも併せもつこの学園内にあって、高校を中心としながらも、中学校でも教鞭をとった。
しかし就職して五年後、附属中学三年生の男子生徒に対する暴力によって告発された。体に残されていた痣に気がついた両親が男子生徒を問い質し、事件が発覚した。
「暴力を受けた生徒と和人との関係は、どのようなものだったのですか?」
「一戸和人は、規模の小さな文芸賞を受賞した経験をもっています。その経験から任されることになった、文芸部の生徒に対して恒常的な暴力を加えていました」
「その生徒と和人とは、どんな関係に?」
「その生徒は、狂信的に和人の言葉を受け入れるような状態にあったそうです」
自分を慕って接してくる生徒に対し、和人は懇切丁寧に指導を加えていた。その過程で、意見の食い違いや知識不足を指摘しては、必要以上に言葉でなじるようになった。それがふとしたはずみで頭部を小突いたところから、次第に手を上げるようになっていったという。
「自分を慕う人間であれば、かえって大切に扱いそうなものですけどね」
「そういうわけでもなさそうです」
桜田は、仲間による東京での鑑取りの結果に対する精神医学の専門家の見解であると前置いてから話を続けた。
「DVは自分にまったく関心をもたない相手よりも、自分に同情心をもつ相手に対してこそふるわれる傾向が強いとの見解が一般的だそうです」
「というと?」
「彼らの心の奥に潜む『甘え』を刺激した人々に対して、かえって強く激しい暴力をふるってしまうものだということです」
「具体的に和人の場合は?」
「和人は二十九歳のとき、こちらで知り合った女性、葉子と結婚しています。精神科に入院中ですが、彼女にDVを繰り返していたことが、『甘え』の事実そのものです」
「和人が東京で起こした問題は、その後どのように処理されたのですか?」
被害者とされた男子生徒の両親は同高校と大学への進学を志望していたため、事を荒立てることを嫌った。そのため、男子生徒の付属高校と大学への進学を学校側が約束するのと引き換えに、和人の行為は刑事告訴を免れた。和人は自らの行為に対する刑事責任を表立って問われることはない代わりに、学校からは放逐された。このような経緯から、一戸和人が引き起こした不祥事の記録は一切残されていない。桜田はそう答えた。
『永遠の花嫁』第三章「八朔の雪」B2
『永遠の花嫁』