児童相談所を通じて手続きを進める場合、養子を受け入れることを希望する夫婦は、まず自治体に『養子縁組里親』として登録する必要がある。登録にあたり児童相談所は、夫婦が子どもを育てるのに適切な人物かどうかを判断する。個別面談だけでなく、すでに養親として子どもを育てている親たちとのグループワークや、乳児院などの施設に入所している子どもの状況を学ぶといった様々な研修に参加することが求められる。
「養子を迎える資格を審査される段階で、一戸和人の過去が問題視されることはなかったのでしょうか?」
「できませんでした。公的な記録が一切残されていないので」
かくして和人は、養子を迎えるための資格審査に通った。
「和人が達樹を養子に迎えたとき、長男は中学生でした。突然弟ができたことに、最も激しく動揺したのは彼でした」
「周囲の人たちは、どのような見方をしていたのでしょうか」
「鑑取りとして周辺の住民に一戸家について聞くと、長男に対する周囲の人々からの同情の声がいかに多いかが分かります」
「暴力的な性向は、和人の根源的なものなのでしょうか?」
「和人自身、幼少のころから父親の虐待を受けていました。この虐待の経験が、和人の暴力的な性向を決定づけたように思われます」
和人と長男、あるいは和人と達樹との間には、祖父から父親へ、父親から子へと引き継がれた虐待の連鎖があった。目には見えない硬く冷たい『縦の鎖』が上空から垂れ下がり、時空を超えて達樹の体を雁字搦めに捉えている光景が、倉科の脳裏に像を結んだ。
「生来の気質という意味では、優しさも思い遣りもあったようです」
「それはどんなところから?」
「罵りながら妻を殴りつけ、理想の息子になろうとする長男を蹴り上げた後で、和人の心に去来するものは深い後悔だったそうです」
「それは誰が?」
「東京での教え子の件については、和人にとってのかつての同僚たちが証言してくれました。暴力の件は明かさないまでも、同僚たちには相談していたそうです」
指導に従わないというのではなく、生徒はきちんと言うことを聞いてくれている。そのうえで生徒が指導者である自分の思い通りに結果を出せずいることを責めるべきでない。それは分かっている。しかし、どうしても許せなくなってしまう。自分の指導に何とかしてついて来ようとする生徒であればあるほど、何とかしてやりたくなって、叱りつけてしまう。指導後は決まって激しい自己嫌悪に苛まれた。どうしたらいいものか。そんな相談内容だったと、桜田は明かした。
「先ほどの話の中に出てきた、『甘え』を上手く利用していたというとでしょうか?」
「ある意味、その通りなのだと思います」
自分が変わりさえすれば、夫は、あるいは父は、あるいは先生は、暴力を振るわずに済んだ。自分が期待に応えられなかったばかりに、一戸和人に暴力をふるわせてしまうのだ。やはり専門家の意見だが、暴力をふるわれる側がそう思わされる。そのような相手の態度に、和人はやはり『甘え』ていると言えるのではないだろうか。
「どうしてそんなふうに思い込まされてしまうのでしょう?」
「その理由は、暴力をふるわない時の優しさにあるようです。今行われている暴力の先に再び優しさが現れることを期待させられてしまうのだということです」ふと、もしかしたらとの考えが浮かんだ。もしかしたら、倉科は知らないのではないか。「倉科先生は、一戸達樹の体を見たことがありますか? 葉子によれば、それはひどいものだそうです」
『永遠の花嫁』第三章「八朔の雪」B4
『永遠の花嫁』