『永遠の花嫁』第四章「牡丹雪」A12

『永遠の花嫁』

 ふいに、目の前に白い粒が舞い降りた。倉科は夜空を見上げた。初めの一つを皮切りに、雪が次から次へと倉科の視界をふさぐ。空を埋め尽くさんばかりに降りしきる雪に、倉科は歩みを速めた。もうすぐ春だ。深くはならないだろうが、積もりそうだ。
 倉科は交差点を左に折れた。そこに、黒いワンボックスカーが停まっている。倉科はジャケットの内ポケットから携帯電話を取り出した。一度コールして切った。その直後、目の前の車のライトが灯る。倉科は助手席側に歩み寄り、後部座席のドアを開けた。素早く身にまとった雪を払い落とし、そのままドアの隙間に体を滑り込ませる。本革のシートがずぶずぶと音を立て、倉科の体を受け入れる。
 倉科は手にしたままの携帯をもう一度起動させた。環の番号を呼び出し、通話ボタンを押す。数回のコールの後、彼女の声が倉科の耳に届いた。
「悪いけど、もう少し時間が欲しい」
 その他いくつかの言葉を交わした後、倉科から電話を切った。
 倉科が環と話している間、二人の男たちはその存在を消していた。環に悟らせないためには、文字通り息を殺すことが必要だった。
「元気そうだ」
 後部座席、倉科の右に座った男が口を開いた。その口元には自然な笑みがあった。
「お久しぶりです」
「また会えるとは思ってもいなかった。うれしいよ」
 男の言葉に、倉科は「私も」と答えた。
「厄病神が」
 運転席の男がハンドルを握りながら、倉科を見ずにそう吐き捨てた。
「八鍬、それはこっちの科白だ」
 倉科はそれ以上の言葉を交わそうとは思わなかった。疲れている自分を感じていた。
 東京にもう一度引き返す。何という時間の無駄だろうかと自分でも呆れる。しかし、桜田に知られてはならない事実もある。倉科はシートに深々と体を預け、目を閉じた。ほどなくして泥の沼に引きずり込まれるように、眠りに落ちた。

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