「警視には?」
「このことが分かってすぐ、事の次第を伝えました。捜査はチームで進めるものだと、桜田さんがいつもおっしゃっていたので」山脇が自分の頭を飛び越えて佐藤に報告したことに、桜田が小さな不快感を抱かないわけではない。しかし、それが当然のことだと解釈しなければならない。「そして警視の判断で令状を取り、森下礼子のマンションに急行しました」
「それは、今日?」
「はい、ついさきほど。森下礼子の勤務先に問い合わせたところ、もう長いこと連絡が取れていないとのことでした。そこで、自宅のマンションにいると踏んだんです」
「ガサに入ったのは誰?」
山脇は捜査班の中心的な役割を担う二人の刑事の名前を桜田に伝えた。そのうちの一人は警視庁付きのベテランだ。この男が現場の陣頭指揮を執ったのなら問題はない。そう思わせられる人選だ。
「何か新しい発見が?」
受話器の向こうから、山脇が息を吸う音が聞こえた。
「森下礼子の遺体が発見されました」
「えっ?」
一瞬、状況がうまく飲み込めなかった。素直な驚きが、思わず口から転げ落ちた。顔を上げて確かめなくても、倉科と藤本の二人がうつむいた桜田の顔に視線を注いでいるのが分かる。山脇が遺体発見時の状況を桜田に話した。
遺体は惨憺たる有様だった。髪は振り乱れ、目は何かに脅えるにように見開かれていた。着衣の乱れが激しかったが、それは他者からの暴力によって生じたものとは思えなかった。絨毯の上を転げ回ったことと、喉から胸元に掛けて掻きむしった行為とは、すべて自ら行われたものに由来すると見られた。付け爪だけではなく本来の爪が指先から剥がれ落ちるほどの力で女の軟肌が引き裂かれれば、遺体周辺に夥しい量の血液が飛散していてもおかしくはない。
「司法解剖はまだ終わっていませんが、遺体の状況から見て薬物の過剰摂取によるショック死の線が濃いようです」
それが現実ならば、一人で愚かな行為の果てに命を失ったということになる。しかしそこには、何人もの人間が絡んでいる。
クスリによって誰かがどこかで生活を破綻させ人間性を失い、廃人となり、命を落とす。
そんな構造を想像すらしようとしない、あるいは想像したとしても見ないふりをすることができる身勝手な人間達が、誰かが罠にかかるのを手ぐすね引いて待ちかまえている。森下礼子も、いつの間にかその罠に落ちていたのだろう。最初はほんの出来心、遊び半分だったのかもしれない。美容やダイエットに効くなどとの口車に乗せられ、ほんの軽い気持ちで始めたものなのだろう。得られる金と引き替えに、他人の一生を壊し続ける人間達。そんな誰かに、森下礼子は地獄にもって行かれた。
この事件に関わる刑事であれば、人一人を救い出せなかった事実に口惜しさを覚えてほしいものだ。桜田は、自分の無力を棚に上げてそう思った。
一戸達樹殺しの第一発見者として、森下礼子の事情聴取は複数の刑事によって行われたはずだ。その時点で彼女の様子に不審な点を見出すことはできなかったものか。薬物依存の事実を直接見抜くことができなかったとしても、人は作り話を口にしているうちに、現実との整合性がつかなくなっていくものだ。その点を見抜くことができなかったものか。同僚の捜査の在り方に疑念が残る。ここからのミスは許されない。自分や山脇を含め、この事件に関わる全捜査員が気を引き締め直さなければならない。
『永遠の花嫁』第四章「牡丹雪」B2
『永遠の花嫁』