二人静16

小説

 明子が死んでしまった今、この子と最も濃い血で結ばれた女は私だ。この事実が、私のような女が生きる理由を与えてくれている。この子の存在自体が、私が生きる意味になる。もしも麗が私を欲してくれているのなら。
「私は、あなたのそばにいてもいいの?」
 二人静。私がその三本目の花穂になってもいいのか。
 清美の言葉に、肩にのせられた麗の顎が何度も上下に動いた。そして、絡められた麗の腕が一層強く清美の首を抱いた。清美もまた、その小さな体を抱く腕にさらに力を込めた。
 生きよう。
 そう思った途端、きつく引き結んだ瞼の間から、涙がこぼれた。そこにどんな感情があるのか、自分でも分からない。ただ、この子が存在することの軌跡を思った。
「さあ、家に帰ろう」
 低く太く、恵三の声が耳を撫でる。清美の背中にそえられた恵三の左手は大きく、温かかった。
 清美は何度か頷いて立ち上がった。そのまま麗を抱き上げた。麗の体は、数日前に抱いた時よりも重くなっているような気がした。立ち上がった恵三が手を伸ばし、麗の体を引き受けようとした。しかし、麗は清美の胸から離れなかった。
 ホテルには夕方以降に荷物を取りに来ることにし、三人でロビーを横切って外に出た。出入り口を、この日も一人でくぐるはずだった。三人で歩く光景が、現実のものとは到底思えなかった。
 外は夏の空。あおが濃い。その碧のなかに、体が溶け入るような錯覚を得る。
「どうしてここが?」
 清美は左側を歩く恵三を見上げた。昇った太陽が視界に入り、眩しさのために直視することができなかった。
「浅草の社長に」
 清美と祖父との繋がりに気がついたのであれば、恵三は知るべきことはすべて知っているのだろう。おそらく、清美が過去に犯した罪を除いては。
「初めから?」
「一目見たときから」
「どうして?」
 恵三は短く笑った。その答えは実に簡潔だった。
「その目も口も、明子にそっくりだ」
 あまりにも当たり前のことに過ぎなかったためか、姉の明子と妹の自分が似ているなどと、それまで誰にも言われたことがない。
「会いたくても会えないでいると、思いはかえって研ぎ澄まされていく。そこにあなたが現れた。見間違うことなんかない」それにと、恵三は付け足した。「教えてもいないのに、あなたの口から麗の名前が出たことも。自分では麗の名前を口にしていることに気がつかなかったようだけど」
 清美には、言葉がなかった。

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