小説 百日紅4 ようやく紙コップを手に入れ、給湯口の下に置いた。緑茶かほうじ茶か、あるいは白湯さゆを選ぶことができる。優斗はほうじ茶のボタンを押した。それが紙コップに注がれている間、ようやく収まりかけた指の震えをさらに落ち着かせるため、左右の手の平を繰り返... 2024.08.22 小説
小説 百日紅3 運転時間が一時間半を経過したころ、優斗は秋田県の花輪はなわ付近を走っていた。秋田を抜けて岩手に入り、しばらく走ると東北自動車道と八戸自動車道の分岐に差し掛かる。分岐の手前、湯瀬ゆぜから安代あしろまでが難所だ。山が左右に迫っている。吹き下ろし... 2024.08.22 小説
小説 百日紅2 翌朝目を覚ますと、予報通り天候は荒れていた。特に風が強い。積雪そのものは少なく、おそらく十センチに満たないだろう。そのため夜中に除雪作業が行われることはなかった。これならば出勤の際、カーポートから車を出すために雪をかく必要はない。優斗はほっ... 2024.08.20 小説
小説 百日紅1 節分を過ぎるといよいよ春が恋しくなる。しかし、北国の冬はこれからが本番だ。 海峡からの風は重い湿り気を孕はらみ、八甲田の山並みにぶつかって大量の雪をもたらす。大地を吹き渡る風は横殴りに雪を走らせ、視界を真っ白に染め上げることも珍しくない。 ... 2024.08.19 小説
小説 二人静17(最終回) 知っているという安心感からか、一度通ったことのある道は目的地までの距離が短く感じられる。三人はいつの間にか「喜楽」に着いていた。恵三は立ち止った。清美もその場に。「あの晩、麗は可哀想だった。どうしようもないってことは分かってる。あなたはあな... 2024.06.11 小説
小説 二人静16 明子が死んでしまった今、この子と最も濃い血で結ばれた女は私だ。この事実が、私のような女が生きる理由を与えてくれている。この子の存在自体が、私が生きる意味になる。もしも麗が私を欲してくれているのなら。「私は、あなたのそばにいてもいいの?」 二... 2024.06.10 小説
小説 二人静15 いつも通りの時間に部屋を出た。エレベーターで一階に下り、フロントにルームキーを預けた。これからどうすればいいのか、もうそろそろ身の振り方を考えなければならない。清美はゆっくりと、ホテルの出入り口へと向かった。 不意に、誰かが清美の手首を掴ん... 2024.06.09 小説
小説 二人静14 あくる日も、そのあくる日も、午前十時から午後三時までを目安に清美は街を歩き回った。疲れてはベンチを見つけて座り、喉が渇いては自動販売機や店舗で飲み物を買った。幸運にも図書館があれば、のめり込めないまでも本を読んで時間を潰すことができた。それ... 2024.06.08 小説
小説 二人静13 ホテルでの連泊には何の支障もなかった。 フロントに連絡を入れれば、一日中部屋で過ごすこともできたのだろう。しかしそうはしなかった。 一人きりになる時間を少しでも削らなければならない。 幼いころから大勢に囲まれて過ごしてきた。一人で思い悩む時... 2024.06.07 小説
小説 二人静12 月が出ていた。その光が柔らかく清美の体を包み込んだ。 昼間の熱を削ぎ落した風が、火照った頬をそっと撫でた。 街はもう眠りについていた。ところどころに灯が点り、どこからともなく人の声が聞こえてくるが、どれもまばらだ。時折車が走る音が届くものの... 2024.06.06 小説