蓮花5

小説

 佳佑が幼かったころに修善寺を切り盛りしていた夫婦が亡くなってから、隆一が跡を継いだことはもちろん知っていた。父と子の、世代をまたいだ懸案事項を引き継いでいることも。それでも、いざ相手の声を耳にすると、肝心な言葉がうまく口をついて出てきてはくれなかった。幼馴染の気安さをもってしても、訊きたいことを聞き出すための言葉の難しさを改めて思い知らされた。
 その店の在処ありかを教えてはもらえないか。おずおずとそう切り出したとき、自分の声が、身体が明らかに震えていることを認めないわけにはいかなかった。
「それは、すぐにはできない」
 もっともなことなのだ。自分とあの人との関係を考えたなら、周囲の人間たちがおいそれと互いの居場所を教え合うことなどあってはならない。一旦相手の意思を確認して、教えてもいいということになったら、折り返し電話をする。そう切り返された。いや、それなら結構だ。この電話はなかったことにしてほしい。佳佑にはそう言うことしかできなかった。
 心の底から憎んできた、憎まなければならない相手なのだと思い続けてきた。それが逆恨みに類するものであると分かってはいても。
 母を亡くした上に祐子を失ったせいか、何にも惑わされることがない代わりに心を動かされることもなくなった。そんな今になって、唯一心に引っ掛かり続けているものが憎むべき相手に対する思いだけになっている。それがこの一年を通して、自分のなかで次第に大きくなっていることを自覚せずにはいられなかった。
 今更会って何を話そうというのか? 何をしようというのか? 問いはどんどん佳佑自身の奥に入り込んでくる。その一方で、臆病になっていく自分をも感じる。今どんな暮らしを送っているのか、この目で確かめたい。結局のところ、覗き魔じみた行動を取ることが自分にとっての精一杯だ。そんな思いが募った先に、興信所のドアを叩いていた。

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