百日紅21

小説

「どこに行くの?」
 走り回ったことで乱れた息を整えながら朱里は話した。顔には期待がうずいている。
「すぐそこ。入り口に大きな木があったでしょ? パパさっきね、そこでリスさんを見たんだよ」
「えっ、朱里も見たい」
「シンもっ」
 朱里は優斗と手をつないだままスキップを始めた。慎吾も真似をしようとはするが、とたとたと歩いているようにしか見えない。優斗は慎吾の小さな体を左腕でひょいと持ち上げ、胸に抱いた。そのまま朱里と一緒にスキップをする。その動きが気に入ったのか、慎吾が声を上げて笑った。優斗もつられて笑った。
「リスさん、見えるかな」
 杉の大木を見上げながら、朱里がつぶやいた。優斗は一旦慎吾を地面に立たせ、朱里の目線に目の高さを合わせるために腰を落とした。しばらく待つと、ちょろちょろと幹を走る小さな影が見えた。
「朱里、ほら、リスさんが走ってる」
「えっ、どこどこ?」
 その姿をなかなか見つけられず、朱里が泣きそうな顔をする。優斗はなんとか朱里にリスを見せてやりたいと思いつつ、腕の時計を確認した。そろそろ本堂に戻った方がよさそうだ。
「あっ、いた」
 朱里が指をさした。今度は優斗には見えなかった。しかし、朱里が満足そうな顔をして笑ったので、優斗も満たされた。慎吾はいつの間にかしゃがみ込んで地面を見ていた。足元のアリの動きに夢中で、リスのことは忘れてしまっているようだ。
「お家の庭で見るアリさんよりも大きいね」
「うん、おっきいね」
 慎吾がもう少し大きくなってこのアリを再び目にしたとき、ムネアカオオアリという名を知っているという日は来るのだろうか。そんな優斗の想像をよそに、慎吾は足元を動く小さな命にじっと見入っている。
「朱里、慎吾、そろそろさっきの大きなお部屋に戻ろうか」
「うん」
 二人の幼い声が重なった。慎吾を抱き上げ、朱里と一緒にまたスキップをした。そのリズムに、慎吾はまた笑いだした。
「あのリスさんはきっと、おじいちゃんが朱里に会わせてくれたんだね」
 まだ幼いなりに、朱里は何のためにここにいるのかを理解している。
「そうだね、おじいちゃんは朱里のことが大好きだったから、朱里を喜ばせようとしてリスさんに会わせてくれたんだね」
「じゃあ、おじいちゃんにちゃんとお礼しなきゃね」
「そうだね」
 優斗はふと思った。
 儀式は死者のためにだけあるのではない。生きている者のためにこそ必要なものだ。人の死を悼む行為は、死んだ人間と自分との関係を顧みることにその意味があるのだから。

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