震災当初は東北自動車道も一般道も寸断され、弘前にいる柏木にはすぐにできることが何もなかった。一週間が経って一応の復旧をみた高速道路は、救援車両だけが通行を許可されていた。
何とかして実家に行きたかったが、なかなか機会が掴めなかった。やっと家族の様子を見るために帰省することができたのは、震災から五カ月経った盆の頃だった。
震災当初から福島県に問い合わせていたが、ボランティアを受け入れる体制そのものが整っていなかった。今となってはそれが正しい情報だったのかどうかさえ分からないが、個人で参加しようとしてもかえって足手まといになるだけだと教えられた。避難所に配給される水や食料を、一人分減らすことにしかならないと。
何かしたい、何かしなけらばならないとは思いつつ、結局何もできないまま無益な時間を過ごしていた。
「そんな自分を、ずっと許すことができずにいました。色々なことを言い訳にして、結局はそこから逃げていたのだと思います」
夏に帰省した際、香織と沿岸部を見に行った。物見遊山だと言われれば何も返す言葉はないが、見ておきたかった。自分の目で見ておかないと、自分にできることも見つけられないと思った。
「原発は?」
「その被害が深刻です。実家のある福島市は警戒区域には入っていませんが、場所によっては放射線量の数値が高いところもあるようです」
「そうですか」
「この三年半、原発の話題が出ると、胸が苦しくなります。セシウムやヨウ素や炉心溶融や放射線量や風評被害や、最近では除染。その時々によってよく使われる、報道される言葉は変化していきます。しかし、人智を超えた出来事で、結局はどうにもならないところで行き詰ってしまっている現状は変わりません。この先どうなっていくのか、誰にも分かりません。その先行きの不明瞭さを思うと、もうどうにもならなくなってしまいます」
落ち着いて話そうとは思うのだが、気を抜くと声が上擦りそうになる。
「福島第一原発の原子炉建屋が爆発して、白い煙に包まれている映像。あの光景が目に焼きついて離れません。自分たちの手で造ったはずのものなのに、いざという時には何もできない。人間って、本当に弱い生き物ですよね」
望月が言った。
「はい。本当に」
柏木は望月の言葉に相槌を打ちながら、ぐい吞を手に取った。内側の萌黄色と透明な酒の境界に、光の輪が宿った。手の中でくるくると回すと、光の輪もゆらゆらと規則的な弧を描いた。
「残念なのは、いくつもの境界線が引かれてしまったことです」
柏木は手元から目を離さずに言った。