月見草2

小説

 柏木が勤める高校は私立だ。私立だからといって当然ということではないのだろうが、教師の半分以上を卒業生が占める。年嵩の教師は若い教師にとって恩師である場合が多い。そのため若い教師は、職場であるにもかかわらず呼び捨てにされることもある。同年輩の間で話される言葉遣いも、友達同士のように気安い。生徒同士の会話とまるで変わりがない。柏木は卒業生ではないが最初の職場だからか、この状況を当たり前のように感じていた。望月に指摘されてようやくその特殊性に気づかされた。
 望月は社会人としての言葉遣いの有様ありようを自ら示すことによって、教師同士の関係の曖昧を改善しようと試みてきた。これは一つの事例にすぎないかもしれないが、望月の試みを知るたびに、柏木は何もしようとしていない自分の小ささを思い知らされる。
「主任、打ち上げの幹事は私がやります」
 柏木は会議の席上で修学旅行の打ち上げの幹事に名乗りを上げた。しかし、望月が受け入れなかった。
「柏木先生、今回は私がやります。先生方をねぎらうのも私の役割だと思うので」
 学年全体の行事に関する打ち上げなのだから、やはり学年の宴会部長である自分がやるべき仕事だと柏木は思った。だが、そこを敢えて立場が上の人間がやるというのも望月らしい考え方だと思う。修学旅行中、実動部隊として昼も夜も生徒の掌握にあたった教師たちをねぎらいたいという率直な気持ちから、望月は自分が音頭を取ることを申し出たのだろう。同時に、部下に余計な仕事をなるべく押しつけないようにしたいとの配慮もうかがい知ることができる。
「分かりました。じゃあ主任、よろしくお願いします」
 柏木のその言葉に続き、皆がよろしくお願いしますと口をそろえた。望月はこくりと頷いた。
「日付は十四日にしましょう。直近の金曜日。ちょっと急かもしれないですが、都合のつかない方はいますか?」
 皆が口々に了承した。
「時間と場所と費用は、後で連絡します」
「主任」
 望月の言葉を受け、副主任の丹藤たんどうが手を挙げた。
「はい、丹藤先生」
「おいしい日本酒が飲めるお店にしてください。沖縄で泡盛を飲んだのは良かったのですが、日本酒が恋しくなってしまって」
 心当たりのあるメンバーは、それが現地の一般家庭に生徒が数人ずつ宿泊させてもらった民泊の夜の話だということを知っている。その夜は、柏木たち教師が生徒指導から解放されていた。その夜のことを知るメンバーのなかから、どっと笑いが起こった。
「日本酒ですね。考慮します」
 笑いの波に押されたのか、望月も笑った。

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