月見草3

小説

 打ち上げには、学年のスタッフ全員が参加した。
 会が始まる十分ほど前に会場に着くと、望月をはじめとした数人がすでに着席していた。会はまだ始まっていない。個々に談笑している。
「失礼します」
 望月に声をかけた。柏木は下座にいた望月の横に腰を落ち着けた。
「お疲れ様」
 望月は飲み放題のメニューを指でもてあそびながら、柏木に笑顔を返した。
 この夜集まるメンバーのなかで、最も高い役職にある望月が上座に着くべきだ。望月自身も十分にそのことを理解した上での下座なのだろうから、ここではあえてそのことを指摘しなかった。今夜の望月はホスト役に徹したいのだろう。そのことを理解できているのは、おそらく自分だけだ。そんな自負を抱いてしまう自分は、やはりどこかで誰かに認めてもらいたいと思っているのだろうか。柏木は自分を笑った。
「夕方からぐんと冷えましたね」
「早いですね。この前まで蒸し暑かったのに。十月も半ばになると、もう秋も終わりですね。もっと秋らしさを楽しませてくれてもよさそうなものですけど」
 柏木の語りかけに望月が応じた。
 北国の秋は短い。気がつけばいつの間にか雪の便りが届くようになる。
「修学旅行を挟んだからですかね。十月はここまであっと言う間でした」
「今回はなんだかとても疲れました。おかげでせっかくもらった二日間の休みにだらだらしてしまいました。やりたいことはたくさんあったのに」
 さも残念だというように、望月は語尾を濁した。
「疲れたなんて言わないでくださいよ。先生が一番元気だったじゃないですか」
 柏木のその言葉に、望月は笑った。
「三年後、柏木先生は修学旅行をどうしたいですか?」
 望月が言った。
「行き先ですか?」
 確かに、沖縄から行き先を変更する可能性もささやかれている。
「それもあるけど、どうやってみたいかということです。次回は自分が中心になって修学旅行を動かしてみたいっていう、意欲のある先生に任せたいと思っています。二年後に一学年からまたこのメンバーで一緒にやれるとしたら、柏木先生はどうしたいか、何か思いがあるかなと思って」
 旅費の積み立てなどの都合から、入学したての一学年の春には修学旅行の準備に取り掛からなければならない。次年度に三学年を担当して卒業生を送り出した後、もう一度この学年のスタッフとして次のサイクルの一学年を担当するとすれば、二年後の春には修学旅行の担当者に名乗りを上げることもできる。
「そうですね。沖縄に関して言えば、民泊をいじる可能性を自分でも考えていました。民泊は生徒にとっていい経験になったように思いますが、課題はあると思うんです。例えば、同じ金額を払って旅行に参加しているのに、受け入れ先の各家庭での扱いに大きな開きがあるのは不公平ですし。こういった課題を埋めていけば、もっといいものに仕上げていけるっていう実感はあります」
 望月と話している間にも何度か襖が開いた。メンバーが一人また一人と、座敷に現れた。
「すいません、遅くなりました」
 最後に学年でも一番若い佐藤が到着し、全員がそろった。そのタイミングを見計らって、望月は全員から飲み物の注文を取りつけた。乾杯のための酒だ。生ビールが多かったが、ソフトドリンクを飲む者もいる。

タイトルとURLをコピーしました