月見草4

小説

 皆思い思いの飲み物で満たされたジョッキやコップを手に、会の始まりを待った。
「それでは皆さんおそろいなので、会を始めます。まずは修学旅行、お疲れ様でした」
 望月の声に、全員がお疲れ様でしたと声を合わせた。
「もう目の前に料理が並んでいるので、短く」
 そう前置きして、望月は続けた。こうして楽しい席が設けられるのも、先生方が修学旅行を成功させてくれたからこそだ。大きな事件も事故もなく無事に生徒を各家庭に帰すことができてホッとしている。次回、三年後の修学旅行を、自分が中心になってやってみたいという教師が何名か名乗りを上げている。修学旅行を、学校をもっと良くしたいという熱意が感じられるのを嬉しく思う。今日は未来のために、真面目な議論も馬鹿話もしたい。そう話した。
「では、乾杯」
 ジョッキやグラスをぶつけあう音が響き渡る。柏木も手が伸ばせる範囲の面々とグラスを合わせた。
 望月の話には、どんな場合にも未来が盛り込まれている。若いスタッフに対する彼の期待がその言葉に詰まっている。嬉しいと思う反面、身が引き締まる。
 自分は望月のように、未来を語ることができるだろうか。ゼロどころかマイナスから始めなければならない大地に立って、希望を語ることができるのだろうか。彼の地に立つ自分の姿をうまく思い描くことができなかった。
 会は初めから笑い声が溢れる、賑やかなものになった。
「それにしても大貧民、盛り上がったよね。ずっと平民で鳴かず飛ばずだった船水ふなみず先生が、最後の最後になっていきなり大富豪だもんね。勝負強いよなぁ」
「あれ、狙ってました。でも、菅原すがわら先生のノープランぶりも面白かったですよね。強いカードで攻めてくるから次で勝負を仕掛けてくるのかと思いきや」
「ノープラン!」
 何人かが口をそろえた。どっと笑いが起こった。
「三時半まででしたっけ、トランプで盛り上がったの。生徒よりも我々の方が高校生のノリでしたよね」
 望月が教師陣の話に耳を傾けている。その口元はやわらかく持ち上がっている。
「主任。民宿、最高でしたよ。終わったあとに生徒と顔を合わせたら、みんな明るくて」
 そう言う相馬そうまはすっかり民泊のシステムが気に入ったと話していた。旅行中も「民泊良かったぁ」を繰り返していた。
 相馬は続けた。もちろん、家庭によって当たりはずれはあったかもしれない。しかし、それも生徒たちにはいい経験になったんじゃないか。
「あの、普段は何かと手がかかる山田雅俊やまだまさとしも、民泊が終わったらほかのみんなとは反対に、何だか暗い顔をしてるんですよ。どうしたのかって声をかけたら、こんなに人に優しくしてもらったことはないなんて、しんみりと言うんです。ちょっと大げさなんじゃないかとは思うんですけど、彼にとっては本当に感動的だったようですよ」
 学年副主任の丹藤が、相馬の言葉を補った。柏木の脳裏に、沖縄の空の下で笑う生徒たちの顔が浮かび上がった。
 この学年がスタートした前年の春の段階で修学旅行の概要を決め、沖縄の旅程に民泊を組んだのは望月だ。その一方で、ワンマンにならないようにするための判断からなのだろう。担当する旅行代理店を決める際には入札制を取り、こちらの要求に適切な費用で応じてくれる業者を選定することにした。学年のスタッフ全員にその内容が公開され、投票によって業者が決定された。皆のなかに公正な手法が徹底できたという確信がある。

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