「お話中お邪魔して申し訳ありません。私は警視庁の桜田といいます」
刑事としてそれなりの洞察力をもっている。少し時間はかかったものの、倉科は予想通りの桜田の登場を受けて、どこか安心している自分を楽しんだ。
事の成り行きの慌ただしさに面食らいはしたかもしれない。しかし倉科が見る限り、藤本に戸惑いの色は見られなかった。
「倉科先生が求めた情報は捜査上必要なものです。令状を取れば明日にでもまたこちらに伺うことになりますが?」
ずいぶん無謀なやり方だと思う。桜田は本来無関係なはずの倉科を自分の側に立たせることで、藤本から有益な情報を引き出そうとしている。一方の藤本は、小憎らしいほど落ち着きはらっている。物事には手順というものがある。公権力の登場によって情報を提供する以外の方法はなくなる。それでも自分の意思が揺らぐわけではない。だから堂々としていられる。藤本からはそんな思考が読み取れる。
「捜査上必要なことだとおっしゃいましたが、川村椿さんは加害者ですか、それとも被害者ですか?」
「今のところまだ分かりません。実は、川村椿さんの消息がつかめていないんです。彼女の身柄の安全のためにこそ、早く会いたいと思っています」
情報を提供する理由が欲しいのだろう。藤本は納得したと言わんばかりに頷いて見せた。そして、立ち尽くしたままそこにいる受付係の若い女に問いかけた。
「次の方のカウンセリングは?」
「いつも通り十一時に」
若い女は憮然として答えた。
「当時のカルテを見ながら順を追ってお話しします。今日のカウンセリングがすべて終了した後にいかがでしょうか。土曜ですから午前中だけなので」
「分かりました。こちらの待合室に居させてもらいます」
「お茶ぐらい出させましょう」
倉科と桜田は待合室に引き返した。
倉科には、桜田に確認したいことが山ほどもある。桜田にしてもそれは同じことだろう。しかし、一戸達樹殺害に関する一連の出来事に関与していると疑われるのは癪だ。あえて自分から会話の端緒を提供する必要もない。桜田にしても、なぜこの場所に倉科を追ってきたのか、あえて説明の難しい話題を切り出したくはないのだろう。二人の間に長い沈黙が流れた。
「桜田さん、川村椿について、ここで何を聞きたいと?」
もう間もなく診察時間が終わる。それならばと、倉科から切り出した。
「実は、」桜田は口ごもった。「今回の一連の事件と川村椿との関係を、まだイメージできていないんです」
「それならなぜ、彼女の居場所を知りたいと考えるんですか?」
「正直なところ、私は川村椿の居場所を知りたいとは思っていません。倉科先生、あなたが探している相手が川村椿だということが私にとってな重要なんです」
「私がこの事件に関係があると?」
「はい、思っています」
殺された一戸達樹が遺した『一戸ノート』に名前が出てくる川村椿。二人を同じ条件で知っているのは、高校時代の担任教師であるあなたしかいない。しかもあなたは、殺される直前に一戸達樹が会った最後の人物だ。さらに、川村椿が住んでいたアパートをはじめ、この事件を捜査している我々と行く先々で遭遇するのは明らかに出来過ぎている。あなたか私か、何らかの意図が働かなければこんなことは起こりうるはずがない。桜田はそう言った。
「それは、あなた方の側の問題です。私の行動に勝手に意味を持たせているに過ぎない」
言葉が、互いの胸の内を探った。
桜田の唇が、一瞬開きかけた。しかし、ちょうどそのとき、診察室と待合室とを隔てるドアが開いた。そこから藤本が顔をのぞかせた。
「お待たせしました。どうぞ」
桜田が先に立ち上がった。
『永遠の花嫁』第三章「八朔の雪」A10
『永遠の花嫁』