「時間をかけて状況をもっと正確に把握すべきです。島崎が本当に潜伏しているのなら、家の中での彼の居場所を『点』でおさえてください」
「『点』ですか?」
「そう。その『点』さえ掴めれば、島崎の身柄の確保は容易です。石橋でも叩いて渡った方がいい」
「そうですね、そうします」
桜田の短い言葉に、苛立ちが透けて見えた。
「所轄の西署から、応援はもらえるんでしょうね?」
弘前西署の刑事科のボスは、確か坂本ではなかったか。もう何年も前に、生徒の保護者と担任教諭として、三者面談の場で顔を合わせただけの相手だ。しかし、倉科はその容姿をよく覚えていた。久しぶりに大きな事件に関わることで息巻く姿が、倉科には目に見えるようだ。
「六名です。すでに一戸達樹の実家に待機しています。目下、川村依子を監視下に置いています」
倉科は小さく舌を打った。相手を追いつめているのならなおのこと、急ぐ必要などないはずだ。
その時、倉科は桜田の変化に気がついた。右手のこぶしが、血の気が引いて白くなるほどに固く握りしめられている。見ると、左手も同様だ。そして、額には見る見るうちに脂汗が流れ始めた。
「大丈夫ですか?」
「少し、めまいが。でも、すぐに治ります」
思わず問いかけた倉科に向かって、桜田は顔すら上げることができない。
「桜田さん。もう家宅捜索の手はずが整っているのなら、そちらに専念しなさい」
桜田はうつむいたままだ。その頭に向かって、倉科は語りかけた。
「行きましょう。あなたの車はここに置いて。私が車を出しますから。その様子では、とても運転などさせられない」
倉科は桜田の言葉を待たずに椅子を立った。環に説明するために、階段を二階へと上がった。
子どもたちの寝室のドアが薄く開いている。倉科はドアをそっと開いた。二階のホールの明かりが射し込んだ先に、四角い光の枠が産まれた。その中に伸びる影が自分のものであることを、倉科は不思議に思った。影は、眠る子どもたちの間に横たわる環にまで届いていた。
「桜田を、現場に送り届けてくる」
環がベッドの上に上半身を起こした。ゆっくりと倉科に向けられた目が濡れている。
「気をつけて」
その顔にはようやく作り出した、小さく硬い笑顔があった。
すまない。
倉科はその言葉通りの思いを胸に抱きながらも、声には出さなかった。ただ頷いただけだ。環が不安をいだいていることを知りながら、それでも行こうとする自分には、生半可な後ろめたさよりも環の勇気に後押しされる強さが必要だった。
茜と陸、そして環のいる部屋の戸を閉めると、今度は自分たちの寝室からウォークインクローゼットに入った。よく履き込んで体に馴染んだブルージーンズに足を通し、濃紺のコットンセーターの上に黒いフィールドコートを羽織った。
携帯電話と財布をジャケットのポケットにねじ込み、階段を下りた。玄関とリビングの境に立ち、桜田が倉科を待っていた。その姿がどこか心もとない。
『永遠の花嫁』第五章「終雪」A10
『永遠の花嫁』