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駅から目的地までは市が運営する路面電車と乗り合いバスが通っているが、主要な観光スポットを結ぶ観光バスがある。倉科はこのバスを利用するつもりでいた。
駅舎を出ると日差しが直接肌を刺した。倉科はその痛みを心地良く感じながら、バスターミナルへと向かった。
倉科の日常で、バスに揺られることは稀だ。シートの湿った感触や窓から入りこむ町の匂い、車内放送の割れた音が、思い出す意味もない遠い記憶を掘り起こそうとする。
目的地の名を告げる車内放送に、倉科は席を立った。運賃箱に小銭を入れ、バスを降りた。輝く日差しのなか、目の前に丘を登る白い道がのびている。その両側に黄緑色の芝生が広がる。倉科は一歩踏み出した。さらに一歩、また一歩、踏みしめるように丘を登る。
鳥のさえずり、葉擦れの音。自然が奏でる音の数々が、静けさをかえって強く演出する。
やがて小さな白い門が見えてきた。それをくぐり抜けると、聖像が倉科を迎える。その奥にもう一体。こちらは聖母マリア像か。歩み寄って見上げる。優しくたたえられた微笑みと、両手を開いたその姿に、自分のなかの何かが癒されるような気がしてくるから不思議だ。
訪れた者に開かれた聖堂に足を踏み入れる。床は長い年月をかけて磨きこまれ、あふれる光を内包して飴色に輝いている。それ自体がまるで光の海のようだ。眩しさに慣れて目を凝らすと、真正面の祭壇以外の壁には、この場所の歴史を紹介するパネルとその解説が並べられている。左手の前方、開かれた扉の向こうに緑の芝が見える。さらにその奥には、赤いレンガが積み上げられた高い、高い壁がある。壁の稜線の上にその先にある教会の白い十字架が突き出ている。
しっとりと湿った海風が頬を撫でる。倉科に遊ぶように絡みついては離れていく風は、体の表面ばかりではなく内面に降り積もった塵までも吹き飛ばしてくれるように思える。
日差しがされに強くなってきた。木陰に入る。木漏れ日がちらちらと揺れるなかから、もう一度赤い壁を見上げる。
この壁の向こうに、椿がいる。
誰にも邪魔されることなく、ただ神にのみすべてを捧げる椿がいる。ここにいれば決して色褪せることのない、神からの永遠の愛がやくそくされる。椿は神に嫁ぎ、永遠の花嫁になったのだ。
ようやくたどり着いた。そして、一つの旅が終わった。これからは、この地に時折足を運び、会うことも叶わない相手を見守るという新たな仕事が、倉科の人生に加わることになる。
「達樹、ここなら大丈夫だ」
倉科はそうつぶやいて、芝生の上に腰を下ろした。上半身を倒し、そのまま仰向けに寝そべる。突き抜けるような紺碧の空が、倉科零の視界を満たした。
青一色に塗りつぶされた視界を存分に味わい、倉科は目を閉じた。椿の姿を追い求めてこの地にやって来たからか、彼女にまつわる思考が次々と脳裡に浮かび上がる。
目の前に広がる芝生の向こうに、青く霞んだ函館の街並みが見渡せた。
了
参考文献
『警察裏物語』(北芝健著 バジリコ株式会社)
『暴力団』(溝口敦著 新潮新書)
『子どものトラウマ』(西澤哲著 講談社現代新書)
『子どもへの性的虐待』(森田ゆり著 岩波新書)
『犯罪学入門』(鮎川潤著 講談社現代新書)
『犯罪者プロファイリング』(渡辺昭一著 角川書店)
『犯罪精神医学入門 人はなぜ人を殺せるのか』(福島章著 中公新書)
『なぜ、わが子を棄てるのか「赤ちゃんポスト」10年の真実』(NHK取材班 NHK出版)
『少林寺拳法のススメ』(財団法人少林寺拳法連盟監修 ベースボールマガジン社編)
『合気道』(植芝守央著 新星出版社)
『Gun Professionals 2015年9月号』(ホビージャパン)
『サイコパス』(中野信子著 文春新書)
約五か月間にわたり毎日のように連載してきた『永遠の花嫁』をご愛読いただき、ありがとうございました。今後は少しペースを落として原稿をアップしていきたいと考えています。
本ブログをお楽しみいただけるよう励んでまいりますので、引き続きよろしくお願いいたします。
