「よくその事実に行き当たりましたね」
「都心で鑑取りにあたっている仲間たちのおかげです」
「やはり、そういう類の話題を人の記憶から消し去るのは難しいってことなんでしょうね」
「一戸和人を知る人間に話を聞こうとすると、皆がその事件について声を潜めて話してくれたそうです」
東京で失職した和人は、事件をひた隠しにして帰郷した。そして、倉科が勤務するのとは異なる弘前市内の私立高校に、あろうことか教員として再就職を果たした。
「三十二歳で長男が誕生したことにより、一戸和人は父親となりました。これから先は、青森での鑑取りによって得られた情報についてお話しします」
長男に対しては、厳し過ぎる父親だとの評判が和人の周辺から聞こえてきている。高圧的、暴力的な態度が恒常的に振り撒かれ、長男を委縮させていた。傍目にも、長男には精神的な苦痛が蓄積している様子だった。父親に反発しその支配から逃避することができるような性格であれば、自らの人生をそれらしく切り開くことができたのかもしれない。しかし、生真面目な、従順な性格が長男を耐えることに慣れさせ過ぎてしまった。長男は死に物狂いの努力にさらなる努力を重ね、国立大学の医学部に入った。自慢の息子になることで父親に認めてもらいたかったのだろうと、周囲の誰もが思っていたという。本人に直接伝えることはできなかったまでも、そんな長男を誇りに思ってはいたのだろうか。学費はすべて父親である和人が負担した。
「長男に対して十分な愛情をもって接することができなかった理由を、和人は自分なりによく理解しているつもりだったようです」
以前、和人が勤めていた学校の同僚が、「単に、愛情と呼べるような感情そのものが、自分の内側から湧き上がってこない」という彼の台詞を聞き知っていた。その愛情の欠落こそが長男の身も心も損なわせた。倉科に対し、桜田はそう説明した。
同じ同僚の言葉によれば、和人自身、はじめは自分の内面から長男に対する暖かい想いが少しも湧き上がってこないことに戸惑っていたという。
和人は、いつしか長男に対する愛情の欠落に慣れてしまった。その結果、まずは言葉に毒が増した。次いで手が出た。長男が自分の言動に恐怖を感じていることが分かると、むしろ気分がよくなった。父親である自分の存在が重く受け止められていると感じることができたからだ。暴力を肯定する感情が芽生えると、暴力そのものの勢いが増した。和人による暴力は長男の中から自己肯定力を完全に奪い去り、やがて最悪の事態に彼を追い込むことになる。達樹の登場によって、長男の心には、和人の息子は自分でなくてもよいのだという思いが巣食うようになった。自己否定の波が、次第に長男を侵食していった。
苦学を厭わずに研鑽を積み、長男はいよいよ外科医となった。しかし、彼が最後に選択したのは、自らの命を絶つことだった。夢を果たし、外科医としてのスタートラインに立って一年ほど過ぎたころのことだ。幼いころから刷り込まれ続けた自己否定の波が、自らの存在自体を許さない水位にまで達してしまったのだろう。捜査本部ではそのようにとらえられている。桜田は、そう倉科に話した。
「一戸和人はなぜ養子を迎えようと考えたのでしょうか? そのあたりの調べはついていますか?」
共働きのために経済的なゆとりがあり、子育てに十分な手間をかけることができる時間的な余裕もある。その他いくつかの理由を付け加えれば、十分に子ども一人を引き取ることができる客観的な事実を、一戸夫妻が他者に理解させるほどに備えていたことは理解できる。しかし、身近な相手に暴力をふるい、しかもその行為を深く反省するような精神の持ち主であれば、それ以上のトラブルを避けるために養子縁組を断念することもできたのではないか。それでも和人は達樹を養子に迎えた。倉科はその理由を知りたがっている。
「子どもを引き取って育てたいと願っても、そう簡単に認められるものではありません」
桜田は、事件を追う中で得た知識を倉科に話した。
『永遠の花嫁』第三章「八朔の雪」B3
『永遠の花嫁』