街路樹の枝が風に遊んでいる。
三月中旬、春が近いとはいえ、津軽に吹く風は肌を切るように硬い。
川村依子が何を隠しているのか。その秘密を暴くことで、一戸達樹殺害事件の進展を期すことができる。この期待はもはや疑いようのない事実となりつつある。
依子がその身にまとう冷たい殻が、冬の風にさらされて粉々に吹き飛ばされてしまえばいい。桜田はビジネスホテルの小さな窓から外を眺めた。家宅捜索の理由さえあれば、機をとらえて踏み込むことができる。その理由を探すための時間と、機会をうかがうための場所を確保しておく必要があった。
しかし現実には、一戸達樹が生活していた東京の寮において倉科が例の写真を見つけ出したことで、家宅捜索の令状は取れる見通しがすでに立っていた。殺人事件の容疑者と家の住人とが一緒に写真に収まっているのだ。容疑者をかくまっている可能性は十分にある。
一方、実際に踏み込む機会については、依子の日常を十分に観察してから決定することが望ましい。観察のための張り込み先としてどこか適切な場所はないものかと考えるに至り、桜田は達樹の部屋の窓を開けたときの光景を思い出した。眼下に川村家のすべてが見渡せていた。あの位置を確保することができれば申し分ない。桜田の依頼に対し、一戸和人は息子を殺した犯人逮捕につながるならばと、桜田と山脇に二階の部屋を提供した。
南側に面した窓のカーテンを細く開いた。そこから斜め下に川村家の玄関が見える。家の奥まった位置までを監視することはできないが、人の出入りを確認することはできる。
昼を少し過ぎたころだろうか。桜田の携帯が鳴った。画面には弘前西署、坂本とある。『捜索願』、『入学願』、『退学届』が揃った時点で、西署の鑑識に依頼して指紋と筆跡を調べてもらっていた。
「指紋に関しては、残念ながら特に何も。時間的な経過もそうですが、保存状態が悪かったようです」
「筆跡鑑定の方は?」
「こちらは面白い結果が出ましたよ」受話器の向こうで相手が笑ったような気がした。「『退学届』の書面に残された字数は少なかったものの、『入学願』とは明らかに筆跡が異なるということでした」
筆跡鑑定の結果から、川村椿が退学した時点で母親の真理亜が不在だったことを裏付けたことにはなる。このささやかな事実の積み重ねが、一連の事件を解決に導く。
通話を終え、桜田は携帯電話をジャケットの内ポケットにしまった。ストーブに火を入れている山脇の背中に目を止めた。
しばらく使っていなかったのだろう。火を入れた当初は塵や埃が焼ける匂いに鼻が痛んだ。それでも、達樹の部屋のストーブに灯油が入っていたのには助かった。春先とはいえ体の芯を凍えさせるような冷気をやり過ごすのに、これ以上有難いものはない。
依子は、心穏やかに日々を過ごすことが出来ているのだろうか。
桜田はふと、そんなことを思った。彼女は桜田よりも六つ年上だ。この程度の年齢差ならば、同世代と言っても差支えはないだろう。自分と同じ世代の、四十を少し過ぎたばかりの女性が一人、日がな一日家に閉じこもっていて面白いはずがない。何か足枷となるような理由が働いてそうせざるを得ないというのならなおのこと、そこにはストレスが累積しているのではないか。仕事がら時間と空間と、そこに起こる出来事の流れの中に転がり続けているような自分の生活に比べ、依子を取りまく環境はあまりにも平面的に見えてしまう。
『永遠の花嫁』第五章「終雪」B1
『永遠の花嫁』