『永遠の花嫁』第三章「八朔の雪」B6

『永遠の花嫁』

 倉科は東京に戻った椿が新たに通うようになった高校との間で、転校の手続きを行った。その過程で椿が身を寄せた施設、花庵の名前と所在地を知り得た。施設に電話で確認を取ったところ、彼はつい最近、わざわざ休日を使って直接その地に足を運び、高橋という施設側の人間と接触したということだった。そこでどのような情報を得たのかは分からない。後日、本人に状況を詳しく問い(ただ)すことになるかも知れない。
 そして今回、この上京の機会を利用して倉科はまた誰かに会おうとしている。翌日、土曜日の午前にそのための時間がとられている。一戸達樹殺しの進展が見られず、川村椿の行方も分かっていない今、倉科の行動をマークすることで何らかの情報を得られる可能性に賭けることは決して無意味ではない。桜田は今後の倉科の足取りを徹底的にマークすることを決めた。
 それにしても、明日、倉科は誰に会うのだろうか。今夜中に相手の目処が立てば、ある程度のデータを集めることができる。何か、見落としていることはないか。桜田は目を閉じた。そして『一戸ノート』のページを開くイメージを、頭の中に思い描いた。そこから一戸達樹、川村椿、そして倉科の名前が挙がった。明日の倉科の面会相手も、ノートの中のどこかに隠れているような気がしてならなかった。
 桜田は目を開いた。
「山脇刑事」
「はい」
「一戸達樹が遺したノートのどこかに、まだ調べられずに残されている人間がいるように思えてならない」
「例えば、どのようなものでしょうか?」
「どんな殴り書きでもメモでも、書かれているすべての住所や電話番号が誰のものか、個人を特定しておきたい。できる?」
 言葉に力が入ってしまう。
「はい、できます」
 桜田の勢いが伝染したのか、山脇も力んだ。
「しかし、あのノートのページは全部デジタルカメラで撮影しています。それでも?」
 わざわざ捜査本部に出向いて現物を見ずとも、内容は拾える。
「どんな精細な画像データであったとしても、人間の目でしか確かめられないことがある。そうは思えない?」
 山脇は少しの間、桜田の目を見つめた。
「分かりました。そういうつもりで見てみます」
 山脇の声が弾んでいる。自分の得意とする種類の仕事を任せられたことに興奮しているのだろう。いずれにしても、倉科が明日会おうとしている人間の情報を今夜中に手に入れたい。それにはあと十時間程度しか残されていない。
 山脇はソファを立ち、足早にホテルの出入り口に向かったかと思うと、外光の中に消えていった。
 ふと、小さな風が桜田の首筋を撫でたような気がした。その静けさにわずかに首をすくめながら、桜田は捜査の進展と引きかえに自分の中の何か小さな部品が欠けるのを感じた。

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