「今晩は」
「今晩は」
「顔色が悪いようです。具合は?」
「大丈夫です。疲れのためでしょうか、多少、めまいがするだけです。ところで、旧国立病院、今は弘前南病院と名前を変えています」桜田は念を押すようにそう切り出した。「すでにそこを退職してはいますが、当時川村貞一を担当していた医師に昨日山形で会い、話を聞くことができました。保管されていたカルテをもとに確認したところ、貞一が最後に病院を訪れたのは、体内埋め込み式の心臓ペースメーカーの機能チェックのためだったことが分かりました」
桜田は弘前南病院と山形に住む主治医から、貞一に関する情報を得ていた。
「それはいつの話ですか?」
「三年前です」
「三年前」
「はい。三年前、二〇〇九年の五月六日です」
「では、貞一が寝たきりになっているというのは?」
「医者が確認しているわけではありません。二年ほど前から周囲でそういう話になっているだけで、誰が見たわけでもないのです」
「自然発生的に広がった噂が周囲に信じられているということですか?」
「はい。でも、正確に言えば作られた噂です。誰かがそれを信じさせた」
「それは?」
倉科はあえて桜田に話をさせようとしている。桜田が抱える疑いを押しのけてまで持論を展開するほど、倉科は浅はかではない。ごくりと聞こえてきそうなほど唾を飲み込む音が大きくなってしまったことに、桜田本人が驚いた。
「どのような状態であるにしろ、貞一の生死を確認する必要があります」
「仮に貞一がすでに死んでいるとして、どうして生きているように見せかける必要があるんでしょう?」
「分かりません。ですから、そのことを知るためにも家宅捜索を実現させたいと思っています」
「どうやって捜査令状を?」
「これを使えば」
桜田はショルダーバッグの中からノート型のコンピューターを取り出し、その画面を開いた。そこには一戸達樹の部屋で倉科が見つけた、例の写真が映し出されている。
「これと同じものは、倉科先生もお持ちですよね?」
桜田を欺くように東京に舞い戻り、手に入れた写真だ。桜田はその言葉に、倉科が顔色を変えるような、もっと強い毒を含ませたかった。しかし、倉科は静かに頷いただけだった。
「写真に写っている場所は川村家の玄関先であり、貞一と依子と、そして」
「島崎竜司」
倉科は声を重ねた。
「そうです。指名手配中の、島崎竜司です。そこを訪ねている男女が堀内恵一と川村真理亜です。この写真をもとに、もうすでに家宅捜索の令状を取っています」
桜田は自分で説明していながら、事件がどんどん動き始めていることを実感した。
「実はもう一つ、重要な事実をつかみました」
倉科がゆっくりと桜田の目を見る。
「今から二十四年前、依子は男の子を生んでいます」
倉科の目が見開かれたことに、桜田はようやく満足した。
『永遠の花嫁』第五章「終雪」B5
『永遠の花嫁』