桜田と山脇の姿を認めた瞬間、和人は眉間に深いしわを刻んだ。しかし一瞬間ののちには、その表情をどこか抽斗の奥へと仕舞い込んだ。その代わりのように別の抽斗から取り出されたのは、無機的な微笑みだった。
通された茶の間はすっきりと片付けられていた。和人の妻であり達樹の育ての母親である葉子については、達樹を養子として迎えてからというもの入退院を繰り返しているという情報が得られている。そして、この時点で弘前市内の病院に入院していることが事前に分かっている。
茶の間には、北国の冬によく用いられるはずの炬燵がない。畳の上にはローテーブルが据えられているだけだ。手がかじかむほどの室温の中で、暖をとることができるのは石油ストーブ一つだ。あえて早朝を狙って訪ねているとはいえ、吐息が白く煙り吸気が肺に刺さる環境は桜田の身にこたえた。山脇が座布団に膝を折って座り、桜田はその後ろに控えた。和人は石油ストーブに火を入れたが、部屋が十分に温まるまでには時間がかかるだろう。
「一人で生活しているもんですからね、質素なものです。雪国に住んでいながら、ストーブすら点ける気にならない」
一戸和人は独り言のようにつぶやくと、山脇と向かい合う席に腰を落ち着かせた。
山脇は早朝の訪問の非礼を詫び、一通りの挨拶を済ませた。そして幼少期の達樹の様子について尋ねた。
「小学六年生までは、穏やかな生活を維持していました」
しかし、養子であることを伝えた途端に、達樹の生活は乱れた。それが日々激しくなり、中学二年になるころには、夜になっても帰ってこないことがあった。
「六年生では、自分が養子であるという事実を受け止めるには幼過ぎたということだったのでしょうか?」
「結果的にそういうことになるでしょうね。その話をしてからというもの、生活が乱れに乱れましたから」
人は、例えば親のような大切な相手に受け入れられることで、初めて安心感を得る。一戸達樹はそんな感情を十分に形成する間もなく虐待され続けた。その行為の非を認めようとしないばかりか肯定し、心身ともに幼かった達樹の所為にさえしてしまう都合のよさが、和人の根源に巣くっている。
そんな精神的な破綻を抱えたままでいられるような人間だから、過去の自分の所業に蓋をして、十分な反省すらせずにいられる。そして、こともあろうに場所を変えただけで同じ職業について恥じ入ることもない。
『永遠の花嫁』第二章「粉雪」B2
『永遠の花嫁』