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桜田は一連の事件の真相が、鑑取りを任された自分のフィールド、つまり青森にあるような気がしていた。そう思わせられる要因として、倉科の存在が挙げられる。
桜田はバッグから携帯電話を取り出した。三月二日、金曜日。この日、朝一番の仕事がこれだ。何度目かの呼び出し音の後、相手が受話器を取った。桜田は自分の名前だけを告げ、目的の人物に取り次いでもらった。相手が電話口に出るまでの間、今は何の花も活けられていないガラスの一輪挿しを指先で弄びながら思考を緩めていた。不意に受話器が何かにぶつかったような音がした。桜田は椅子に座りなおした。
「はい、お電話かわりました。倉科です」
名前を告げていたにもかかわらず、こちらが誰だか知らされていなかったのだろう。倉科の声は硬かった。
「お忙しいところすいません。警視庁の桜田です」一瞬の間があった。桜田は言葉を続けた。「先日はお話を伺わせていただいて、ありがとうございました。実はもう少しお訊きしたいことがあってお電話しました」
「何でしょう」
「それは実際にお会いしてから。いつ頃がよろしいでしょうか?」
「強引ですね」
「すみません。そういう仕事なので」
「ちょっとお待ちください」受話器の向こうで、紙擦れの音がした。「来週末、三月九日の金曜日に上京する予定があります。桜田さんさえよろしければ、東京でお会いしましょう」
「えっ?」
予期していなかった言葉に、桜田は思わず短い声をもらした。
「関東方面に針路をとった卒業生たちを集めて、毎年激励会をやってるんです。今年はそこに私も行くことになりました」
「そうですか」
桜田の台詞の語尾が細くなる。青森に足を運び、もう一度川村依子を訪ねて話を聞いておきたかった。彼女を訪ねたからといって、捜査上何らかの収穫があると断言することはできない。それでも、どんな些細な事実がもつれた糸を解く鍵になるか分からない。
「会場はどこですか?」倉科の口から出されたのは、誰もがよく知るホテルの名前だった。桜田はJR品川駅前の光景を思い出していた。「では、ホテルのロビーでお会いしましょう。今日は金曜日ですから、ちょうど一週間後ということになりますね」
「時間は午後四時でいかがですか? 当日は三時過ぎにホテルにチェックインして、六時半からの会に出るので」
「分かりました。それでは、金曜日の四時にホテルのロビーで」
どちらともなく作り出した沈黙が流れるなか、桜田はそっと受話器を置いた。
『永遠の花嫁』第二章「粉雪」B15
『永遠の花嫁』